Elarishio Island

最終更新日: 2014年4月8日

賀茂川家鴨(2010)『雲と月』, Elarishio Island

KAMOGAWA.Ahiru's world

けもみみさんがいるよ!

けもみみさんがいるよ!

 ――琴線に触れろ!

   1 序曲

 ――人という生き物は、なぜこうも愚かなのだろうか。

 実際、そう思うことなんかいくらでもある。

 しかし……。

 

 ――ここは都会の一軒家。住宅地の中の一般的な一軒家で、現代風の家だ。屋根は瓦で青く染められ、壁は灰色のサイディングだ。

 内装はというと、白のクロス張りだ。この家は見た目よりもなかなか広く、二階建てで、4LDKのシックな家である。

自分の部屋には、大き目の出窓もあれば、ベッドだってある。家の中は、母の性格も影響してか小奇麗に纏められている。

――少年は、ぼうっとしながら、新しく買った薄型テレビを見ていた。

早朝のニュースである。早朝なので、硬い話ばかりだ。

 そのテレビからは、悲惨なニュースが流れている。そこでは、女性アナウンサーが殺人現場を背に、淡々と事の様子を告げていた。画面下には、『連続殺人事件発生』の文字。

「一昨日未明、北側市街地領土で、連続殺人事件が発生――ピッ」

 なんとはなしに嫌気がさして、少年はチャンネルを傍らのリモコンで回した。

 今度は、スーツを着た男性がこれまた淡々とした口調で、ニュースを読んでいた。背後には、それらしき画像が映し出されたモニターがある。

「先日、本国南側森の中から、大量の油泥などの産業廃棄物が発見されました。犯人は地元A社の関わりがあると考えられており――ピッ」

 また回す。理由はさっきと同じだ。

 外からは蝉の声がひっきりなしに聞こえてくる。少年は両手を上にあげて、うーっと背伸びをした。窓からは、カーテン越しにさわやかな風とあたたかい日差しが差し込んでくる。

 それからまた、何回か回したが、とりわけ印象に残ったのは、沢山のマスコミたちが、疑いの眼差しを受けている人の家を直撃している映像があった。けれども、その人一が体なにをやらかしたのは、途中から見たから最後まで分からなかったし、顔も映っていなかった。ただ、子どもだったような気がする。

 今になっても、そのニュースだけは忘れられない。

 ……まあ、どちらにせよ、他がもっと悲惨なニュースばかりだったからなのだが。

 また他のチャンネルを探す。

 ――ああ、今日も学校だ。早く制服に着替えないと……などと考えていたら、後ろから張りのある、かつ優しげな母の声が聞こえてきた。

「ニュースはいいけど、遅刻しないでよー?」

 ニュースの淡々とした声に混じって、母のよく通る声が聞こえてくる。最近は嫌なニュースばかりだが、他人事のように見ないわけにもいかない。特に最近は、人の気持ちをなんとも思っていない人間の行いがよくテレビで見られる。しかし、そんな事をする人間だって、心を病むようなことがあったかからそうなったのだろう。なんとも哀れな話である。……時には例外もあるかもしれないが。

 少年がやっとこさ制服に着替え終わったころ、母がまた心配そうに同じようなことを言ってきたので、とりあえず返事をしておくことにした。

「わかってるよ、まだ十分間に合うけど、そろそろ行こうかな……」

 それにしても、いつもこんなニュースを見ていると、とりわけどうこう思うこともなくなることがある。それがなんだか、自分が自分から疎外されたような気分になって、少し切なくなる。

「ほら、もう行くのならパンぐらい食べていきなさい!」

「はい、はい。今そっち行くよ」

 冷淡な口調で語り続けるテレビをさっさと切り、母が焼いてくれたパンを見つけると、口に銜えた。

「それにしても、今の高校って変わったところね。お母さんの時代はこんな高校なかったわよ……?」

 母は、健の制服を見てそう呟いた。

「そう……だよね?」

 うん、確かにこの高校は少し変だと俺も思う。なぜなら、この高校は……。

「ああ、もうこんな時間だ……」

 そうこうしている内に時間が来てしまった。時間が経つのは早いものだ。

「時間よ、健」

 健は、時計を見て早口にそういった母を振り向きざまに一瞬だけ横目で見た。

「行ってきます!」

 そう言って、外に駆け出した。

走りながら、時折振り向くと自分の家が見える。その時、健の眼から、自分の家がどんどん離れていく。周りは住宅地ばかりなのに、都会らしさは感じなかった。

――健の家から高校行きの駅に着くまでの道のりは、そんなに長くはなかった。駅員さんに、高校専用のカードを見せ、混雑するホームで健は電車を待った。

このカードが無いと、学生割引にならないのだ。しかもこの電車、乗れる人が決まった電車で、このカードが無いと乗れない。だから、乗る人は少ないように思える。しかし、途中の駅前の会社に行くために使う人もいるため、いつも大混雑である。ちなみにこれは磁気カードで、入学式のときに教育費と一緒に先払いして、支払いに三年間使える優れものだ。

駅の壁には、ポスターがいくつも張られているが、ボロボロになっている。

駅の外は、緑がうっとうしいほどたっぷり生えている。目に優しい……ような気がした。

この森には、ビニールに包まれたごみがいくつも散乱していた。

「例のニュース……じゃあ、ないよね……」

 健は、さっき見たニュース番組を想起して、こんな独り言を言った。ニュースでは南だが、ここは南西である。場所がそもそもちょっと違う。大して差はないように聞こえるが、最近のニュースでは、こういったことまで厳格に決めるようになった。

 ただ、緑化運動かなんだか知らないが、緑が多くて外の景色が見えない。夜は、遠くに見えるビルの光り輝く街並みだって、本当は見たいのだ。そういった都会にも、周りが田舎な環境ばかりだからか、ちょっとした憧れを持っていた。けれども、環境を考えるとそうもいかないのかな……。

「エコもエゴも、やりすぎはよくないよな……」

 健がそうポツリと呟いたとき、電車が来る合図の音がした。

 

 ――蝉の鳴く、七月二一日 晴れ

 今はそんなに暑くなかった。

 健は授業を受けていた。

健は、本名、露風(つゆかぜ) 健(けん)と言い、育ち盛りの高校一年生である。

健は都心に住んでおり、この高校を受けたのだが、かなり遠い田舎。電車はあるが、さっき言ったように高校から渡されたカードを駅員さんに見せないと、その電車のある所に通してもらえない。しかも徒歩合わせて二時間も掛かる。

学校は八時半スタートなので、いつも早起きせざるを得ない。

高校には、友達はまだいない。なにせ高校に入ってまだしばらくしか経っていない。

今日もいつもの制服姿。暑いのでワイシャツの上に黒のベストである。

 背の順では、真ん中辺。ちょっと長めの黒髪で、痩せてて、明るく元気で、普通の人。勉強だってまあまあできるし、体育だって得意だ。

 ただ、変わっているといえば、この高校だろう。

 まず名前。その名も『私立家鴨学園』である。最初見たとき、名前が読めなかったのだけれども、果たして何故、こんな名前になったのだろうか?

 ある説では、校長が大の家鴨好きだからだとかなんとか……? 結局の所、まだ良く分からない。

 そして、この高校はとてもデカイ。

 これでもかっ、という程大きいのだ。

 最初に学校見学に来た時はびっくりした。さすがは私立、まるで貴族が住んでいるかのような、とてもじゃないけど、学校とは思えない……城? である。

 それから、花。

 校舎の外にも中にも、色とりどりの花たちが植えられている。花のなかには、蔦を柱か何かに巻きつけて、植木鉢をぶら下げて、そのなかに植えられている物まである。

 また、花だけでなく木も沢山生い茂っている。健は四階の窓際の席にいつも座るので、外の景色がよく見えるのだが、まさしく森である。

 この景色を見ることは、健の趣味のひとつでもある。

ちなみに、この森は深く生い茂っており、入ったら戻れないとか……。野生の動物も出るらしく、立ち入り禁止になっている。

「今日は、理科の実験をやりますので、外にでてくださいまし」

 と、今言った先生も、変な先生である。名前は、ダイル博士という、意味の分からないあだ名がついてしまっている。なぜそうなってしまったのかは、誰も知らない。先輩も、そう呼んでいる。

ダイル博士は、もう、おじいさん先生なのだが、博士の称号を持っているすごい先生である。

 しかし、こう言っちゃ失礼かと思うけど、喋り方がいつもこんな風になんか変だし、時々ふっといなくなる。

「さて、今日の授業は、これら何種類かの薬品をつかって、魔法使いさながらのことをやるのじゃ~っ!」

 やるのじゃ~っ! ……って、大げさな。

「ほい、健、そこの赤いのと黒っぽいの、混ぜてみなさらんか?」

「えっ? あ、はい」

 仕方ない、やってみるか……。

 それぞれの薬品を適量、別のビーカーに入れて、ガラス棒でかき混ぜてみた。すると、その液体は透明になった。

 しかし、それ以上は何も起こらなかった。

「それに、この液体窒素をかけるのじゃよ~?」

 と、ダイル博士は健のところに、液体窒素を入れたビーカーを持ってきて、それにかけた。

 液体はみるみる内に固まって、そこには体積が半分くらいになって、丸くなって、仄かに赤みを帯びた結晶が残されていた。

 ダイル博士は、懐から、それと同じものを取り出した。

「こうやってなげると?!」

 ダイル博士は、おもむろにそれを投げた。それが地面に着いた瞬間、ゴーっと、燃え上がった。しかし、すぐに消えてしまった。

「……あり、失敗、失敗……」

 みんなあまり驚かない。

 挙句の果てには、生徒の一人が、

「おまえだって、できるよなぁ?」

 とか言い出す始末。池垣という、腕白小僧が言ったのだ。

 そう言われた女子生徒は、葛藤したのか、いきりたった。

「わたしもできるわよ!」

 とかいって、すぐに薬品を混ぜて、池垣に投げつけた!

しかし池垣は、それをひらりとかわす。

「ひーっ! あぶねぇーなー!」

さっきよりもものすごい炎で、地面を燃やし尽くしてしまった。

「むう、なかなかやるのう!」

 褒めるんかい!

「……ん?」

 ダイル博士は褒めていたが、炎が木に燃え移ってしまった!

「いかーん!」

 とかいって、突然ダイル博士は、いろいろな薬を混ぜ始め、液体窒素をかけて、凍らせてできた出来立ての結晶を、炎に向かって「えいやー!」とか言いながら投げつけた。

 しかし、なかなか消えない。

「おっ、おれのせいじゃねーからなーっ!」

 池垣は、なんとも妙な走り方で一人脱走した。

 なんてやつだ……。今、『おまえらはまだ、責任能力一つないのか!』という、中学校の先生の教えがやっと分かった気がする。ああいう人間にはなりたくない。炎のせいで、辺りは騒然と化した。中には、口々にはやし立てる者もいた。

 辺りを見回しても、ここには消化器一つ無かった。

 と、咄嗟に健は、教科書を取り出し、火を消す方法を探した。

「あった!」

 ダイル博士とは違う薬品を使い、健は教科書通りに混ぜて、作ってみた。

 それを投げつけてみた!

「おおっ!」

 すると、しゅっと音を立てて炎は立ち消えてしまった。

「どうしました!? 先生?!」

 ベージュ色のスーツ姿の先生が異変に気づいてやってきた。同時に、今まではやし立てていた者たちも含め、皆が静まり返った。

「いえいえ、なんでもありませぬぞよ。おきになさらずに」

 駆けつけてきたのは、赤坂先生。ちょっと口のきつい女の先生で、今は事務を担当している、ベテラン教師である。

 自分のせいで火をつけたと思っている女子生徒はというと、罪悪感にみまわれたかのように、放心状態であった。その生徒は、美恵という生徒で、周りの生徒に慰められていた。みんな良い人たちだ。

――いろいろあったが、なんとかダイル博士がその場を取り繕ってくれた。その後も、先生は何も言わず、けろっとした表情で、

「さあ、休み時間にでもするとしようかのう? ふぉっふぉっふぉっ!」

なんて、笑いながら言ってのけたのだ。もう半分泣きそうになっていた、自分が炎の騒ぎを起こしたと思っていた生徒は、きょとんとしてしまっていた。

その後、ダイル博士はその生徒に詰め寄って、深くしわのたたまれた顔を笑みにかえて、優しく語りかけた。

「ほれ、気にするでない。おぬし、良い才能を持っておるぞ?」

なんて言っていた。良い先生だなあ……。俺にもなんか言って欲しかったけど……。

ま、いっか。

――授業が終わっってしばらくした後、健はダイル博士によばれた。

 さっき実験した場所である。俺、なんかやらかしたのか?! いやいや、そんなことした覚えは……。

「あのー……」

「ほっほっ、さっきは凄かったぞよ。特別に、いいものをやろう」

 えっ!

 辺りはまだ明るい。小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「わしが作ったスペシャルなものじゃ。作るのに五年もかかったんじゃが、あいにくわしには使えなくてのう……」

 と、小さな薄緑の、ひし形にかたどられた結晶を手渡してくれた。それには、白い不思議な模様が彫られていた。仄かに輝いていて、温かみさえ感じる。

 しかし、健は戸惑った。

「えっ、で、でも、そんな大切なものだったら、たとえ使えなくても持っていた方が……」

 しかし、ダイル博士は、うっすらと、笑って答えた。

「なーに、わしには使えん……というか、もう、持っている意味がないのじゃよ……」

そのとき、ダイル博士の目は、一瞬どこか寂しそうな色を宿したような気がした。

 ……気のせいだろうか?

 しかし、ダイル博士はすぐに朗らかな笑顔に戻った。

「使い方は、簡単じゃ。そなたの一番大切だと思う人に、渡しなさい。そして、絶対に守り通すのじゃ……渡すときは、首にかけてあげるのじゃ。ほれ、ストラップがついとるじゃろう?」

 確かに、それにはストラップ……というより、これは首飾りと言うのでは? という疑問(……というか、首飾りである)を健は、胸に押しとどめておいた。

 それにしても、不思議な光を感じる。銀の鎖がつけられていて、見ているとなんだか……。

「あれっ? ダイルはかせ???」

 気がつくと、ダイル博士は居なくなってしまっていた。

《自分の一番大切な人に……》

 自分にとって一番大切な人。

 ダイル博士はもう必要ないと言っていた。

 ……なぜだろうか?

 そして……。

 

 いつか、そんな日が来ると良いな……。

 ふと、そんなことを考えてみた。

   2 くわさん行進曲

 ダイル博士は、緑の結晶を残してどっか行っちゃったし……。

 というか、なんなんだよ、これ……。

 といっても、まあ、何かの役にはたつだろうし……? 一応、ダイル博士がくれた物だし、あの先生が言うことだから、損はないだろうし……。と、健はそれをポケットに入れておいた。 

 とりあえず教室に戻ろうか……。

 

 授業もすべて終わり、辺りも暗くなってきた。

 そうそう、池垣は後で赤坂先生にこっぴどく叱られたそうだ。

 今日もいい天気だ。

 と、教室に戻ろうとしていた時。

「こらーっ!」

 ……何事?

 近くからだ。

 ……池垣が、前から走ってきた。

 またお前の仕業か?

 と、思ったら。意外とお疲れな顔。

「よ、おれ池垣だ。また会ったなー、健」

 わー、名前まで知られちゃってるよー。

 池垣は色黒で、筋肉質である。短髪がよく似合う。

 するとその時。

「待ちなさい、池垣! どこいった!」

 あの赤坂先生が廊下の奥まったところで、目を三角にしてきょろきょろしているのが見えた。……さっきの声はこれか。

「ぎゃ! 健、助けてくれよう! 授業が終わってから、もうずーっと説教なんだ!」

 情けない声を上げる池垣にちょっと同情してしまった。たぶんさっきのことで赤坂先生が叱りに来たのだろうが、全部が池垣のせいではない……はず。

「……しょうがない、こっち」

 池垣を連れて目立たないところに逃げ込む。

「さんきゅ、健」

 へらへらと笑う池垣の右ポケットから何かがひらりと出てきた。

 写真?

 六人の生徒たちが、家鴨学校の前で思い思いの姿で写っている。

 池垣は写真をそっと拾い上げた。

「ああ、これはおれの友達さ。休みの日にいつもここで遊んでる。こいつが恵美で、この太ってるのが富士。」

確かにふとってる。

「恵美も友達なのか?」

「ま、そうだな。さっきはいがみ合ってたけど」

 池垣は、ぐーっと腕を上に伸ばした。

「んで、こっちが奈木で、このいつも制服姿なのが陽一。ほんで髪の長いのが楓だ」

 写真の人物を指さしながら簡潔に答えていった。

「友達、多いなぁ」

「ま、健もそのうち合うかもしれないな」

 こんなに友達がいるなんて、羨ましい限りだよ。俺なんか……。

「困ったことがあったら何でも言えよ!」

「あっ、うん」

 ……ぼーっとして、変な顔してたのかもしれない。池垣がじーっとこっちを見ていた。

 遠くから赤坂先生の声がした。

「池垣ぃー!」

「や、やべっ、じゃあな!」

池垣は、また走って行ってしまった。

……で、やっと落ち着いたと思ったら……。

「ぎゃーっ!」

 ……なんだ、なんだ? また悲鳴?

 たまたま近くの部屋から、男とも女ともつかない、奇妙な悲鳴が聞こえてきた。……いや、ちょっと甲高かっただけだけど。

 扉の上に、部屋の名前が刻まれていた。

 そこには、『校長室』と威厳のある文字が彫られていた。

 そういえば、校長先生って見たことないな……。入学式にでさえ、顔すら出さなかったし……。ただ、分かる事といえば、家鴨好きだとかいう噂があるくらいである。

 とにかく謎の多い、校長先生である。

 そんな校長先生のいる校長室から、また謎を呼ぶ悲鳴……。

 なんなんだよう、もう!

 校長室の周りだけ、いろんなところが木製でできていた。

 ちょっとした好奇心から、知らない内に校長室のドアノブに手を掛けていた健。ドアの横には、まあるいお月さまを半分に切ったような、木製の花壇が両端にくっついていて、黄色いランプがそこから上に照らされ、その上にこれまた黄色い花が。たぶん、オトギリソウだと思われる。

ここは一階なのだが、ドアと向かい合わせにでっかい窓がある。

 といっても、この学校は広いので、廊下も広い。そのせいか、ここから窓に辿り着くには、ちょっと遠く感じる。

それから、この高校は、どこもかしこも洋風な所が多い気がする。この校長室だけ和風だなんて、なんか変な気もする……。

 とかなんとか考えていたら、ドアノブに掛けていた手は、勝手にそのドアを開けてしまうどころか、中に入ってしまった!

 さあ、もう後には退けないぞ! って、大げさかな……。

 中は静まり返っていた。

 いや……、本当にはいっちゃたなぁ……。

 というか、中、結局洋風だし……。

「すみません、失礼します……?」

 なぜか語尾が尻上がりになってしまった。勝手に入っちゃたしなぁ……。

ドアを健が一番奥まで開けた時。

 ごんっ。

「えっ?」

 ……なんか今、鈍い音がしたよーな……。

「痛いくわ……」

「わあっ!」

 ドアの裏になんかいる!

 恐る恐るドアを引いて、裏を見てみると……!

「……アヒル?」

 そこには、でっかい、でっかい家鴨(・・)がいた。

 ……なんで?

「頭、打ったくわ……。ぐわ、きみだれ?」

『きみだれ?』 って……。

「け、健です」

 黄色い嘴に、白い羽毛。まさしく家鴨。ただ、違うのは、健よりもでかくて太ってて、肩(翼?)から革製のポーチのようなものを下げていて、なお 

かつしゃべること。

なんなんだよ、もう!

で、そのしゃべる家鴨は、なんか後ろを気にしながら答えた。

「くわの名前は、くわさんでくわっ。くわは、この高校のこうちょ――」

「こらーっ! 校長はわたしだーっ!」

 ……えっ?

 そのくわさんとやらの後ろから、スーツ姿のおじさんがぬっ、と現れた! ちなみに、ちょっとはげていた。

「ああ、君は生徒だね? この家鴨が、『校長やりたい!』 とか言って、無理矢理押し掛けて来たのだよ……」

 と、くわさんを指さして言う真の校長らしき人物。

あー、そうだったのか……。みたいな状態。

「くわっ、じゃ、なんかちょーだい。そしたら帰ってもいいくわっ。」

「そっ、そんな無茶な……」

 校長先生も、もう困り果てている。

 すると、突然くわさんは羽を小さく振った。そして一言。

「これ、もらっとくでくわっ。」

 ……なにを?

「じゃっ。」

 くわさんは羽を挙げ、足早に去って行った。校長先生は、一安心した様子。

 結局、何を持って行ったんだろうか?

 ……まさか。

 なんかいやな予感がして、ポケットをごそごそと探ってみる。

緑の結晶だけ……ない。……ってことは、あいつ……!

「どうしたかな? あの家鴨のおかげでさんざん……」

「校長先生、失礼します!」

「えっ、あ、ちょっと!?」

素っ頓狂な声を上げている校長先生を尻目に、健は軽くお辞儀をして走り出した。

 あの家鴨にすられた! いつの間に……。

 必死になってくわさんを追いかけるが、くわさんの速いこと、体力に自信のある健でも、なかなか距離が詰まらない。

 ……そうだ! 理科の実験で使ったやつ!

 ポケットに意味もなく入れたまま忘れそうになっていた結晶を、投げてみた。

 パキーン……と、校内に音が響き渡った。

「くわ?」

 辺り一面白い煙が立ち込めた。

 あれ、なに作ったんだっけ? ……ああ、線香だ……。

「なんでくわか、これは。……煙幕でくわっ? 少ないくわーっ!」

とか言って、外にまで逃げられてしまった!

「ま、まてっ!」

 待つ訳も無く、くわさんは走った挙句、森の中に入って行ってしまった!

 森の周りには、『入るな、危険!』とか書いてある黄色いテープがぶら下がっていた。

 くわさんは、どんどん遠くに入っていってしまった。……どーしよ……。

 空には、星も輝きだしている。

「はやくついてくるくわーっ!」

とか言ってからかわれてるし……。

辺りには、背の高い草木が怪しく揺らめいている。森の奥は暗く澱んでいるようにも見えた。

「来ないでくわか~?」

 ……入るか。

 健はとうとう中に入ってしまった!

「くわっ! こっちでくわ~っ!」

「まっ、待て!」

 ――なんだろう、ここは……。神秘的な感じがする……。

   3 夜導曲   

「はぁ……くわさーん、どこいったー!」

空は真っ暗で、星々が輝いている。

今の季節に反して、涼しげな風が静かに吹き通る。

真っ暗な木枯らしが、健をあざ笑うかのようにざわついている。

何か出てきそうだな……などということは、考えたくもないはずなのだけれども、考えてしまっている。

 雲は月の周りに霞んでいる。

 その後ろには、さらに薄い雲があるようにも見える。そのせいか、さっきまであった小さな輝きが、どこかに失せてしまった。

 空は真っ暗でありながらも、青暗く輝いているようにも見える。

霞んだ雲は、月を覆い被さるようにして宙を舞っている。月は仄かに青白く輝き、神秘的なものを醸し出している。

どれだけ歩いただろうか。

ただひたすら、一心に歩く。

「疲れた……」

 生い茂る木々の中、荒れ放題の草を掻き分け、ゆっくりと横になった。 

 そういえば、ここって、野生の動物が出るって言ってたな……。

 ざわざわと、背の高い木々が真っ黒な葉を揺らしている。

 ……?

 健の目の前に、廃墟と化した、コンクリート製のビルが聳え立っていた。

 なんだろ、ここ……。

 なんとなく入ってみることにした。

 壊れかけのドアを無理矢理開けた。

 ギイィィィ……。

「なんだろ?」

 中は荒れ果てていて、真っ暗である。

 殺風景な壁に、暗くてよく見えないが、シミが沢山こびり付いているようだ。また、床には、小さな瓦礫や、窓ガラスの破片などが散乱しているみたいだ。

 歩く度に、下の物が割れたり、砕けたりする音がする。

 よく見ると階段もある。

 ……好奇心から上ってみた。

 ちょっとした恐怖心もあったが、迷わず進んだ。

 どれだけ上ったか、階段の終わりには、鉄のドアがあった。錆びてボロボロである。ドアの隙間から風が吹いてくるのが分かる。

 これは普通に開いた。

 屋上に出た。もちろん真っ暗である。

 木々が犇めき合って、ざわざわと音を立てている。

 ……誰かいる?

 確かに、不気味な空に輝く月に照らしだされて、人影が見えた。

「……?」

 木々が怪しくざわめいている。

 月夜の中に少女が佇んでいた。

「――誰?」

 相手は、健と同じくらいの少女のようだ。月明かりが額に反射している。

「健です」

 強い風が吹き荒れて、黒い木の葉が飛び舞う。

 その葉が、こちらに飛んできた。

……なんでまたこんな所に人が?

……って、それを言ったら自分もそうなのだが。

「何をしているのですか?」

 慣れない敬語でしゃべる。

「……私は、」

少女は間を置いて、さっきよりもすこし優しい口調で語った。

「私は、……ここでずっと一人過ごしているだけ。だから……」

「えっ、ずっと一人でこんなところに? ……結構ここ寒いですよ?」

「簡単に言えば、だから……」

 少女は、下を向いて、うーん……と、考え込んでしまった。

 一枚の葉が、少女の手の甲に乗った。

「……?」

 その葉は、暗い色をしていた。

 それを見たとき、思わずあっ、と声をあげてしまった。

「怪我しているじゃないですか!」

 右腕に、少しの引っかき傷があった。

 健は、こういうものを見ると心配でならなくなってしまう性分なのである。

――ん? そういえば、理科の包帯があったよな、たしかポケットの中に……。

 健は、自分のポケットに手を突っ込んで包帯を取り出し、さっと巻いた。

「はい、おしまい」

 きっちり巻けて、ちょっと一息。

「……ありがとう」

 ――なんかそう言われて照れちゃうなぁ、だってあんまり言われたことないんだもん。

 顔には出さず、頷いておいた。

 直後、雨が降り出した。

 少女は、ふうと息をついてその場に座り込んでしまった。

「ああ、雨宿りしないと、濡れちゃいますよ、……あれ?」

 少女は全く動かない。

「どうしましたか……あっ」

 風邪をひいているのか、熱があるようで、顔が赤くなっていた。

 さっきまで気づかなかったけれど、息も荒くなっていた。

 突如、少女はよろめいた。

「わわっ、大丈夫ですか!」

 反射的に支える。

 ……うん?

 なんだか急に力が抜け……。

 ぱたっ。

「なんだ……?」

 後ろから声がかかった。

 少女は健に歩み寄った。

「ああ、外しちゃった……」

 白衣を着た、ちょっと背の高い体躯から放たれる、軽く響き渡る声である。

「……どうなったの?」

「一種の麻酔薬だよ。なあに、すぐに起きるよ、あ、でも副作用が……」

 少女とこの人物の間には温度差がありまくり。

 少女は何か言いたげだったが、謎の人物は突然少女の腕を掴み、引きあげた。

 ……そこで、少女は何か呟いた。

 それを聞いたのか、謎の人物はにんまりと笑った。

「……なるほど? そんなことが……風邪ひいてんの? はい、風邪薬」

 その人物は来ていた白い白衣をかけなおす。

「まあ、本当は……今日の予定だったけど、また今度にしようか……」

 ちらと健を眺めやる。

「まっ、こーんなお友達までできちゃったみたいだしね」

 からからと笑う。

「……井田先生?」

 少女は目を曇らせた。

 ぱっと見えた顔は、ちょっと年老いていた。中年ぐらい。

「そーだよ? ああ、早くしないとこの人起きちゃう、下まで運ばないと……ああ、ぼくのこと内緒ね」

「……なぜ?」

「えー、だってきみを連れてくるつもりで麻酔したのが一般人だなんて知れたら、医者クビになっちゃうよ! 上司への言い訳も、もうギリだしね。きみだって一人の人間なんだから。……はい、メロンパン」

 どこからか、さっとメロンパンを差し出す。

 少女はメロンパンを受け取ると、小さくうなずいた。

「さーて……お、重い……」

 

「――うーん?」

健は森のど真ん中で寝転がっていた。頭がボーっとする……。

なんか……さっきまでの記憶が……ない?

 ……ここどこ? 辺りを見回しても森、森、森……って。

 ガサッ。

 なんか変な音がした。

「……なっ、なに?」

「ギャア……」

 身を起こし、辺りを見回す。

 月に懸かる雲は時間が止まったかのように静止していながらも、暗い色を混ぜた雲は、威圧感を放っているようにも見える。

空の青暗さが一層増した。 

バサバサバサッ!

 黒い木々から黒い翼が大量に飛び出した!

「うわっ!」

 飛び出したのはコウモリ。

 黒い翼は、一斉に飛び掛かって来た!

 無意識の内に逃げようとする。

 ……あれ?

 コウモリは、健など気にも留めず、さっさと飛び立っていってしまった。 まるで、何か恐ろしいものが森の奥に潜んでおり、そこからコウモリが逃げ出しでもするかのように……。

   4 神秘の旋律

 ……はっ!?

 なんか開けた場所に出た。

 ……さっきからずっと、ぼーっと歩いていたらしい。

 それで、ここは何処かというと……何と言うか……崖があって、その結構下に大荒れの海が見える。そして、崖ぎりぎりの所に、真っ黒な城が……。

 ここ、どこ?

ぽつ。

「えっ?」

 ぽつぽつぽつ……サァァァァァァ

 雨が降って来た。

 どうしよう……あの城へ行く? いやいや、森に戻る方がマシ……げっ。

 なんか、森から大きな黒い物体がにじり寄ってきたぁー!

 いわゆる、ホラー映画にでも出てきそうな黒い物体。

 黒い物体は、雨を弾いて見た目より素早くこっちに近づいてくる。

 どぷ、どぷ。

「わわ……あっ、そうだ! まだ理科で作った結晶がいくつか……」

 二・三個あったので、一個投げてみた。

 ボン! と爆発を起こした。

「……あれ?」

 全く効き目なし。また、どぷ、どぷ、と……。

 そういう時は?

……無論、逃げる!

 無意識の内に城の中に入ろうとした。

「おじゃまします!」

 ドアは、軽がると開いた。

 いや、城ったって、小さな普通のドアだったからね。

 しかし。

 あの物体が、無理やり入ってこようとした!

 ドアで抑え込む。

「だああ、閉まらん……うわっ」

 黒い物体の一部が入って来た!

 ぎゃーっ! 気持ち悪っ!

「くわっ。お客さん?」

 後ろからのんきな声。

 振り返れば、白い毛並みが……。

「あっ、俺のペンダント盗んだやつ!」

「しっけいな! ごぉーっ」

 くわさんが火を吹いた! 黒い物体に当たって、溶けた。ドアにも当たって、ちょっと焦げちゃった。

「なっ、いきなりなんだよ!」

 ふー。とかいって、くわさんはこっちに来た。

「えーと……火、吹けるの?」

「あちち……ん? 口の中に火炎放射機を入れてみたくわっ。口が焦げないように改良しないと……あ、これ返すくわ、発明に使えないくわ!」

 くわさんは、そう言うとペンダントを返した。

「あ、これ! ……ん?」

 黒い物体の跡に、機械のようなものが焦げて転がっていた。しばらくして、プスプスと煙を噴き出し始めてしまった。

「だぁぁ……、さっきからあの黒いのとか、あめとか、その火炎放射機とか、一体何なんだよ……」

「くわ? 雨はくわが降らせたくわっ。あの黒いのは、くわが造ったでかスライム・ロボ! ……インターネットにつなげたら暴走したくわ……」

 ……その後も妙な説明は続いた。

 

――結局、くわさんはメカニックで、材料集めに学校に来たらしい。しかし、ペンダントは加工出来なかったそうで、いらなくなったんだそうだ。

また、城のてっぺんに、でっかいシャワーが付いているそうだ。で、周りだけ降らせて、暇な時に人が近づいた所で降らせて呼び込んだり、雰囲気を出したり、夏に涼んだりするために使っているそうだ。

それで、健も見事にはまった訳だ。

ちなみに、部屋の中は、吸血鬼でも住んでるのか! というようなところ。奥に案内されたけれども、廊下が広い。でも暗い。半楕円形の窓は健の十倍くらいあり、それがいくつもある。外は荒れた海が見え、後ろを見ればドアがびっちり! 開けたらまた廊下とかいものもある。絶対迷う……。

 そういえば校長、家鴨嫌いみたいだったな。じゃあ、なんで家鴨学校……?

「雨止ませたくわっ。もう外出ても良いくわよ?」

 いやだから、また迷うって……。

 くわさんは何か持ってきて、また変なものを造り始めた。

「何でくわさんがこんな所にいるんだよ……」

 ペンダントをポケットに突っ込む。 

「くわのおうち。ああ、もう一人誰か来た……」

 おうちって、どんだけ金持ちなんだよ! しかもこんな所に立てて……ん? 誰か来たって今言った? ……誰が?

 そのとき。

ドン!

「わっ!」

 ドアから尋常じゃないくらい大きな音がした。

 しかし、くわさんは黙々と何かを造っていた。

「そういえば、さっき鍵閉めちゃったくわ。ちょっと見てきてくわっ。くわはちょっと二階に……」

 おいおい……まだいろいろと聞きたいことがあるのに……。なんてマイペースな人……いや、家鴨なんだ!

 とは思いつつ、ドアを開ける。

 ガチャ。

 そこにはただ空虚な空間が広がっていた。

「……あれ? 誰もいない……?」

 しかし、くわさんは確かに誰か来たと言っていたし、音だってした。空耳なら別だろうが……。

 空は未だに青暗い。地面には今もなお草が生えており、水滴が滴っている。

「おかしいなぁ……」

 そして、部屋に戻ろうとした時……。

「……ん? なんだ、これ」

 ドアの下、草の上に、なにやら黒いものが、水滴に混ざっていた。

 さっきの黒い液体の残骸だろう。

「なーんだ……」

 とは言いつつ、城の裏などを見渡してみた。

がけ。

 ……崖?

 それを見て、なぜか健はサスペンスやミステリーの類を思い浮かべてしまった!

 まさか、ここから飛び下りたとか!? はたまた、落とされたとか!? どっちにしても嫌だーっ!(あほ)

 ふと、崖の下を覗き込んだとき。

 ……いや、気のせいだろうか?

 ぱっと後ろを振り向く。

 誰もいない。いま、水面に人影が写ったような……。

 ……月が、こちらを見ている。

 ……あれ? もしや……。

「なーにしてるくわ? にやにやして……なんか良いことでもあったでくわか?」

「わっ!」

 気がついたら、後ろにくわさんがいた。

「そ、そんな事ないよ……?」

「そーいえばお客さんは?」

 相変わらずマイペースな、くわさんである。

「えっ、それは……」

「それより、ちょっと見て欲しいものがあるくわっ」

 聞けよ! 人の話を。

 くわさんにそう言ってやりたかったが、くわさんは自分のことで頭が一杯らしく、反論する間もなくどんどん話が勝手に進んでいく。

「とにかく! 外まで連れて来たくわ! その名もくわさん・ロボ三号機!」

 くわさんの後ろから、くわさんの半分くらいの大きさの家鴨が出てきた。

 しかし、白い羽毛の代わりに、白い鉄で覆われていた。

「コンバンハ、オンバンワ」

 おお、しゃべった! ……しかし、なぜ三号機?

 三号機って……ネーミングセンスぜろ。

 気になるのでちょっと聞いてみた。

「くわさん、なぜ三号機?」  

「あー……、それはね、一号機は、コンセント充電式にしたんだけど、足引っ掛けて、ショートしちゃったくわっ。んで、二号機はあの、でか・スライム・ロボみたく、インターネットに接続出来るようにしたらさあ大変! 大暴走の何のって……。で、今は行方不明になっちゃったくわ」

「インターネットに接続する意味は?」

「情報を沢山取り入れるために、よかれと思って造ったら、二連続失敗! そんでもって、二号機はソーラー発電で、ボディーガード目的で造ったもんだから、銃は使うわ、目からレーザー出すわ、などなど……」

「へー、そーなんだー」

 軽く受け流して、ちょっと考える。

……ん!?

そして我に返る。

「そんな危ないもの放っといていいのかよ!」

「よくない。まあ、そのうち壊れるでしょ」

 そのうちって、どのうちよ……?

 健は、なんだかイライラしてきた。

 一方くわさんは、あっけらかんとしている。

 空は今も青暗い色を見せている。月は、青白く輝いている。……なんかさっきまでより雲が増えた気がする。

「オンバンハ、メムイ?」

「もうちょっと改良が必要でくわ……」

 くわさんは悩んだように、頭を抱えた。

 くわさん・ロボ三号機は、口をせわしなく動かしていた。しかし、そこから発せられる声は、まさしく機械、といった感じであり、なおかつ変な日本語である。

「ああ、ちなみにこれはインターネットに接続できて、ウイルスバスターも完璧にしたくわっ。ウイルスバスターのアップデートは自分でインターネットからダウンロードしてやるし、有益な情報は勝手に調べて教えてくれるくわっ。武器は……目から光線を撃つくらい? たぶん使わないけど」

「そんな機能付けるなぁっ!」

 暴発したらどうするんだよ! まったく……。

「え~っ? 普通、そんな機能付けたら喜ぶ人多いと思ったんでくわが……」

 いや、危ないから。あんたの失敗多すぎて、信用できないから。

 まあ、喜ぶ人は喜ぶんだろうけどさ……。

 くわさんは、突然なんか考え出した。

どうしたのかと思って待っていたら、

「あげよっか、コレ」

「いいっ!? いらないよ!」

 ……えーっ!? なぜそうなる!?

「いやさ~、もっといいもの造りたくなっちゃって。だから、やる」

「……在庫処分? んなムチャクチャな!」

 当のくわさんはにこにこして、やる。とか言っちゃってるし。なんなんだ、この唐突な展開は! ああ、眩暈が……。

「いや、でもくわさん……」

「ヤル! ハル! ヤルヤル!」

 はぁ~っ……。聞く耳持たず……。

 そんなこと言われたらこっちがなんか、ヤルヤル詐欺にかかった気分。

――結局、無理矢理プレゼントされてしまった訳だ。こんなもの家に置くとこないぞ!?

 くわさんは、絶対役に立つくわっ。とか言っちゃってるし……。

 ……それにしても。

「あんた一体何者なんだよ!?」

 いまさらな質問に、自分でもあきれたが。

「……今更その質問でくわっ? くわはあひるのくわさんくわっ。それだけでくわよ~っ! あ、ロボット改良しておくでくわっ♪」

 とか、のほほんとした返事。 

 まあ、それでいっか。

 ああ、なんだか……。

 こうしているとなんだか、平和を感じる。

「今日は遅いくわっ。明日も休みだし、泊まるといいくわっ」

 とか言っててもね……。ってえぇーっ!?

   5 幻想の調べ

 とりあえず、暇だし、(?)明日も休みなので、成り行きでくわさんの家に泊まることになった! くわさんに貸してもらった健の部屋もあるし、ふかふかのベッドもある。ベッドは一階と三階にあり、くわさんは一階でいつも寝ているそうなので、三階の部屋を使わしてもらうこととなった。

 ちなみに、三階は展望台が付いており、二階には風呂場まである。一階はキッチンも完備。残りの部屋は、あまり使わないらしい。

 どこかにマシンルームもあるそうだ。

 健は部屋に入った。

 くわさん・ロボ二号機は、別の部屋で充電中。あんなの物騒で、一緒にいたら寝られやしない。

 部屋には窓が付いている。

 青暗い空の中、月が薄く輝いている。

 時計を見ると、深夜0時を回っていた。電気もオフ。

くわさんは、もう寝てしまったようだ。さっき、寝るくわ! とか言っていたし。

さあ、俺も寝ようかな……。と、眠りに就いた……。

 ……だが。

 ドターン!

「なんだ!?」

 大きな音が下の方からして、起こされた。

「ん……眠いけど……電気点けなきゃ……」

 ぱっ。と、部屋が明るくなった。

 眠いけど、一応、お客が来たら出るように! と、くわさんに言われたので、出ない訳にもいかない。しかし、深夜0時に、誰だよ、全く……。

 仕方なく階段を降りて行く。家の地図をもらってあるし、ここからは一本道なので、迷いはしないだろう。

 そうこうしている内に、ドアに到着した。

 イライラを隠すため、できるだけ優しい口調で喋る。

 ドアを開ける。

冷たい風が吹き込んでくる。もうこんなに気温が下がっていたのか。

「はい、どなた様……」

 ドアを開けた前には、一人の少女が佇んでいた。

 目は髪と同じく、どこまでも深い青い色をしている。健と同い年に見えるが、落ち着いた印象を受ける。

服は、何と言うか、上から下まで青ばっかり。

 少し明るくて、青くてとても薄いシャツに、紺のベストのようなものを着ており、胸元をひもで縛り、服には黄色や銀の線がはいっていた。シャツは、肩の部分が裂けて、後ろに垂れ下がって、両者を黄色いひもでくっつけていた。その下にシャツの部分で白いベルトをとめ、その上からベールのようなものを肩の下あたりから着けて、長めのスカートを穿いていた。

耳の辺りに、なんか赤い玉をつけている。

……なにこの玉。  

……飾り? だと思う。

……んっ? この人、どっかで見たような……?

 あっ、そういえば……。

 ああ、そうだ、この前会った人だ。

 ちゃんと右腕に包帯をしている。 

俺も、小さい頃に自電車(・・・)で、転んで擦りむけただけで痛くてわんわん泣いたことがあるなあ。最近は、そんなけがもしなくなったけれど、やっぱり痛いよ。

「健……露風 健……です」

 ……っていうか、なんでまたこんな時間に? とも言いたかったが、自分から失礼を言うつもりはないので、閉口。

 うーん……どうしよう。この辺は夏でも寒いみたいだし……。ドアを開けた時、ピューピューと冷たい風が吹いてきたことから、その様子が窺える。夜だから倍寒いし。

 寒そうだし……入れちゃおうか。

 少女は、じっと健を見つめたまま、特に笑いもせずに黙っている。

月は、最初に見たときよりも少し明るくなり、かつ霞んでいた。

 といっても、他にしようがないので、連れ入れた。

 ドアを閉めると、程よい心地よさが肌を包む。この家の中、あったかいしね。

 とりあえず自分の部屋まで案内した。その途中、少女はちょっとふらついていた。

「だっ、大丈夫ですか?」

 しかし、転ぶこともなく進む。

「大丈夫、さっき風邪薬使ったから」

 それだけ言った。

 ああ、そういえば風邪ひいてたんだっけか。何で気絶したんだっけ?

 うーん……これだけは思い出せない……。

――地図、大活躍。あっという間に、くわさんに借りた3階の部屋に辿り着いた。

 一応、なんとなく勝手に部屋まで連れてきちゃったけど……。

 とりあえず、二人でその場に座った。

 向かい合って座る。

 深く青い眼をした少女は、なんか顔をうつむかせて、目をそらしていた。

 ちなみに健は今、かなり眠い。彼女、眠くないのかな……。そもそも、何しに来たんだろうか?

しかし、部屋の中は結構温かい。

それはそれは、かわいらしい顔でしたとも。……じゃなくて。

「飲み物出しますね」

 いや、くわさんが『好きなものつかうといいくわ』って言ってたしね……。

 

――さて、紅茶ぐらいなら作れるけど、それでいいかな。

ちょうど台所にそれらしきものもあるみたいだし。

それにしても、このコップ……。

なんというか、持ち手があひるの顔になっている。淵には金の模様が彩られている。

さてと……

――どうぞ、とコップを差し出したら、ちゃんと飲んでくれました。味がちょっと心配だったんだけど、よかった。

湯気が立っていて、あったかいから風邪にも効くはずだしね。

 半分くらい飲み終わると、その場で黙ってしまった。

 ……何か隠しているような、そんな感じ。

 あ、名前聞いとかないと。

 健は彼女の方を向いて、笑顔を作って見せた。

「……名前は?」

「微風(そよかぜ) 柊(ひいらぎ)」

 微風 柊……

 頭の中で反芻する。

 なんてことをしていたら、後ろから突然声が!

「眠れんくゎぁぁ……ぅ(あくび)」

 くわさんが寝間着で登場! ……どうなるの?

   6 夜の奏でる交流会

 くわさんは、頭に毛織製のふにゃふにゃのとんがり帽子をかぶっていた。色は紫にピンクの縦縞が入っていた。

 右手(はね?)にはお揃いの色をした枕まである。持ってきちゃったみたい。

「……なにすぅてれくわぁ? (なにしてるくわ?)」

 ……ねぼけてる! もはやなにを言っているのか分からない。

 無理もない、時計を見てみたらもう次の日になってからだいぶ時間が経っていた。

 柊は、くわさんを見て固まっている。

「……?」

「あぃひふでふわ……!(あひるでくわっ!)」

「……何て言ったのですか?」

「だぁーっ、あひるでくわって言ったの!(俺も良く分かったと思う)」

 くわさん、ぱっちりおめめにへんしん!

 ――傷跡が、痛々しく再び健の眼に映る。

その眼は悲愴を見せながらも、健をしっかりと捉えていた。

「くわっ? なんかデートでもしてるの?」 

 突如。

……ぶっ! 

おいおい、何を言い出すかと思えば、いきなりそんなこと!

 でも、柊なんかちょっと笑ってるし。

……ああ、そうだ。

「そ、微風……さん、包帯取り替えましょうよ」

「くわ……ホウタイなら、くわさん持ってるくわ、取ってくるくわ♪」

 くわさんは、くわ♪くわ♪くわ~♪……とか歌いながら、ドアの奥へと消えていった。

 

――健は、くわさんが持ってきてくれた包帯を柊に巻いてあげた。その間、静かな時間が流れた。

半分くらい巻き終わったとき。

 柊は、包帯を自分に巻いてくれている健を見つめた。(ように見えた)

……なんだかどこかに悲愴なものが感じられる。

 健には、それがたまらなく嫌で仕方がなかった。

 だから、健は極力気を使った。

 全部巻き終わったとき、ポッケから何か転がり出てきた。

 清らかな緑色の宝玉。

「あっ」

 華奢な手が、拾い上げる。

柊は、その宝玉に月明かりを通してまじまじと見つめている。月明かりが、宝玉を通して緑にきらめく。

 くわさんは、こちらに興味津津のご様子。ずーっとこちらを見ている。

 そして、くわさんのひとこと。

「あげちゃえば? それ」

 えっ。なにをいきなり……。

 たしか、ダイル博士が言うには……って!

 いろんな意味で、みるみる困惑する健。

 どうしよう……柊、ずーっとこれを不思議そうに見つめだしちゃったし……。

いや、だってこれって……、

カーン……

「鐘の音でくわっ」

 まだこれから起こることを知らない健たちに警鐘を鳴らすかのように、外から鐘の音が鳴り響いた……。

 同時に部屋の時計も小さな音で鐘が鳴った。

――深夜1時。

 いつの間にこんな時間になっていたのだろうか?

 窓の外は静まり返っている。木々が生い茂り、崖下の海は尚も大荒れである。いまは夏のはずなのだが、外が寒いせいか、蝉の鳴き声ひとつしない。

 一応電気は点けているのだが、月明かりが眩しくて必要ないくらいである。

 ……なんだか突然眠くなってきた。

 そういえば、さっきからずっと寝ていない。

 そのまま意識が遠のいて……。

 ぐう。

 健は深い眠りに落ちた……。

 ――どれだけ時間が経っただろう。

 夜、突然目が覚めた。

 ……あれ?

 柊がいない。

 地図を片手に捜索したが、どこにもいない。

 くわさんは、一人で寝てるし……

 まさかとは思ったが、最後は、玄関ホール。

 結構広かったが、隅から隅まで探した。

 しかしやっぱりどこにもいない。

「あれっ? おかしいなぁ……」

 と、玄関ポーチに目を向けた時!

 ……靴がない!

 下駄箱にも入ってない……外だ。

 健は確信した。

 探さなきゃ! と、思ったが。

 外にいた。

「ああ、健……ちょっと着いてきてくれないか?」

 唐突。

青暗い瞳が輝く。かわいらしい顔立ちで健を見据える。

 ちょっとだけ微笑んだようにも見えたが、見た時にはやっぱり無表情であった。

「来ないなら一人で行く」

「えっ?」

 と、見上げた時にはいなかった。

 外を見回してもいない。……もういない。

 こんな時間に高校生が外なんか歩いてもいいんだろうか?(いいはずない)

 それに、勝手に着いて行ったらストーカーなんじゃないか?

 しかし……いろんな感情に動かされ、体が勝手に動いていた。

――小一時間ぐらい、くまなく探していると。

「ケ、ケンサン!?」

「わっ! し、静かに!」

 なぜ自分でもそう言ったのか分からなかったが、そんなことを言った。 

 くわさん・ロボ三号機である。敬語になってる……。

 それより。

「ああそうだ、微風……さんを、見なかった?」

「アア、ワタシモトメタノデスガ、メヲハナシタスキニ、ユキヤマノホウニ、イッテシマワレマシタ!」

「それってどっち?」

「アア、ソレナラアッチデスガ……ッテェー!? マッテクダサイ!」

 くわさん・ロボ三号機は足が遅く、健はそれを尻目にさっさと走って行ってしまった。

「ドウシヨウ、サムイノニベストイチマイデ……アアソウダ、クワサンノヒクウテイナラ……」

 くわさん・ロボ三号機は、城に急いで走って……いや、歩いて行った。

 ――来たはいいけど、どこにいるんだ?

 ……雪山、といってもふもとの方には雪は降っていない。……が、寒い。

 頂上から寒さが伝わってくる。

 ……ここにいてもしかたない、登ってみるか。

 

 ――途方もなく長い。しかもだんだん寒くなる。

 うう、もう一枚上着を着てくれば良かった。

 嘆いても後の祭り。

 雪が降る場所まで来た。この辺一帯雪が山頂まで降り積もっている。

予想以上に、非常に歩きにくい。足なんかしもやけしそうだ。

寒さも強くなったころ。

「あっ!」

 だれかの足跡が見えた。

 たぶん微風のものだと思う。

「微風……さーん?」

 ……ここに来てもさん付け。

 しかし、早くしないとどんどん雪が降り、足跡が消えて行く。そのせいか、健は少しペースを上げた。

 ……どれだけ歩いただろうか。だんだん眠くなってきた……。

 いや、寝たらまずい! 雪山での常識が頭をかすめる。

 健は、柊にきちんと本当の気持ちを話してほしかった。

 それに――

 ……あっ、なんだあれ!

 白銀の世界に、どでかい城が乗っかっていた。

そこに柊が黒ずくめの人たちに連れられて行くところが見えた!

 これは大変と、直感で危険も感じたが、健はこっそりと着いていった。

   7 友の唄

 ――大きなテーブルを隔てて、柊と豪華な服を着た年老いた男が座っている。テーブルの上には、たくさんの食べ物が置かれている。

「どうした、何も食べないのか?」

 柊は黙ったままである。

「そうか、まあそうだろうな、なにせおまえは――」

 男はそこで切り、不敵な笑みを浮かべる。

 柊はふっと顔を上げ、男を指さして、叫んだ。

「そう簡単に思い通りにはならない!」

 今までにないくらい城に響いた。

「ほほう、威勢のいい……しかし、これから思い通りになるのだよ、この素晴らしい晩餐会のあとに……」

 その刹那、何か刺のようなものが柊の首に刺さった。

 柊はすぐさまその場から立ち去ろうとしたが、体からふっと力が抜けて倒れてしまった。

 そして、後ろからやって来た二人の全身黒ずくめの男たちに腕を掴まれてしまった。男たちはつば付きの帽子を目深にかぶっていた。

「さて、どうするかね?」

 夜の空に、雷が一筋光った。

 ――健は、柊のいる部屋の前まで来ていた。

外にも中にも、門番と、この部屋以外、見張りが一人もいない。何か妙だ。

門番だって二人だけだし、何か話し合っていたから、簡単に隙を見て入れた。

 一体ここはなんなんだ?

 ――ドアの奥から音がする。

 健はドアの隙間からこっそり覗いてみた。

「……微風!」

 小声で事の次第に驚く。大声では気づかれてしまう。

 なにせ、柊は腕を強く掴まれている上、二人の男は、抵抗する柊を無理矢理歩かせようとしているのだ。

「これこれ、もっと丁重に扱わんか……」

 という男は目が笑っていない。

 今にも飛び出したかったが、奥の怪しい男を見て、震え上がってしまった。髭をたっぷり生やし、皺だらけで、かつ鬼のような形相であった。

 しかし、その間にも、歩かないからと、柊は奥の部屋へと引きずられていく。

 どうする!? どうしよう!?

「ま、待て!」

 と、勇気を出して走り出したはいいが、溝につまずいて変な登場の仕方になってしまった。

「わわわ……」

「誰だ!」

 腕を握っていた一人が、こちらに向かってきた。

 柊は健を見て目を丸くした。しかし、そのまま屑折れてしまった。

 柊は片方の男に口を塞がれていた。

 ポケットを探る。……緑の宝石以外に、理科の実験で作った結晶がまだ残っていた。

「てやっ!」

男に当たるとねばねばして絡みついた! たしかこれは……蜘蛛の糸の、ねばねばした成分を強力にして再現したものだ。

 蜘蛛の糸まみれになった男は、足掻けば足掻くほど絡まっていった。

 しかし、目前に髭を生やした男が、鬼のような形相で近づいてきた。

「おやおや、外の見張りは迷子の餓鬼一人仕留められんのか!」

 男は、最初は作り笑いを浮かべ、最後は吐き捨てるように言い放った。

 最後のは、怒りというより皮肉に近かった。

 健は横を走って通り抜けようとしたが、さっと片腕を掴まれてしまった。

 その握力があまりにも強くて、悲鳴を上げそうになる程だった。

「ちょっとこっちに来い」

 成す術も無く、健は引きずられるようにしてどこかへ連れて行かれた。

 

 ――牢獄。

 見たまんまの牢獄。真っ黒な部屋に真っ黒な鉄格子。

 健はそこに放り込まれた。

 勢いよく扉が閉まり、鍵が掛けられる。

 そのまま男は立ち去ろうとした。

「何をするつもりだ!」

 健は男に怒鳴りつけてみた。

 すると男は振り返り、健を睨み付けた。

「ほほう、こちらも威勢のいい……」

 男は、しばし考えた後、不敵な笑みを浮かべた。

「君が見た少女は、耳に赤い宝石を付けているだろう? あの玉には今までにないもので、あれがあれば、すばらしい行いができる」

「そんなことができるわけないって」

「いや、あれは少しの磁力を当てると、強力な電気エネルギーを発し、ほぼ無尽蔵に取り出すことができる。そしてそれを使って、素晴らしい国を築きあげる」

 さも楽しそうに男は続ける。

「結局は何が目的なんだ?」

 男は、一瞬間をおいた。

「人間は、このエネルギーを有効活用できない。これをつかって、この城を動かし、人間のためのすばらしい国家を作るために……さらなる発展を望むのだ」

 男は大げさに笑って見せた。

 どういうことだ?

「発展のために、森や山を吹き飛ばし、我が永久発展する世界を造る!」

「なに!」

「わしが新たな建国者となるのだ! この国はどこもかしこも間違っている! そうは思わないかね、君!」

 もはや、何を言いたいのかわからない。

 健は平静を装い、答えた。

「そうかもしれない、でも自然を破壊して人が生きていけるわけがない」

「わしの政策が、わからないのか?」

「ふざけるにもほどがある」

「……ぬぁぁ」

 男は、目を三角にし、顔を真っ赤にして、健を怒鳴りつけた。いきり立ってか、足を壁にぶち当てた。

 ……今だ!

 健はポケットから理科で作った結晶を取り出した。

 ……これを入れてあと二つだ。

「てやっ!」

 健は牢の隙間から、それを男に投げつけた!

 しかし、男は間一髪逃れ、無残にも地面にぶつかり、眩い光を出して砕け散った。

「残念だったな、だが面白いものを持っているな、わしによこせ」

 と、髭面男が懐からスプレーを出し、顔に突然掛けられて、健は気を失った。

そして、牢の隙間から出た手に結晶と薄緑色のきらびやかな宝石をとられてしまった!

 ――気がついたら男もいなくなっていた。いるのは見張りが……なんと七人も。

 これは抜け出すのは無理か……と、無造作に、ポケットに手を突っ込んだとき。手には布の感触しかない。

「……あ、あれ? ……ない!」

 もちろん、ポケットの中身はない。

 牢獄の中では、周囲の音は一切しない。

 もはや絶望であった。

 柊は、今頃なにされているか分からない。もしかしたら……と、想像する度に怖くなり、必死で頭から掻き消す。それが何度も続いた。

「……どうしたらいいんだ……」

「おい、健」

「……なに?」

「おれだよ、おれ!」

 こっそり、しかし健に伝わるように語りかけているのは、見張りの一人。

「なんだ、皮肉でも言いたいの?」

「違う、違う! ほら、池垣だよ!」

 どことなく感傷的になっていた健は、聞き覚えのある名を聞いて、反応した。

「他にもたくさん……いや、全身黒ずくめじゃ誰か分からないか、……よし」

 ばっと池垣が帽子を取ると、他の見張りも同じように帽子を取った。

「――いやぁ、健、大丈夫だったか?」

 池垣が話した。

 他にも、理科のときにいた美恵、くわさん・ロボ三号機まで!

 みんな写真で見た人ばかりである。

「久しぶりー、美恵ですよー、あんまり話したことないけどね。ああ、それから、みんなはわたしの友達で、奈(な)木(き)と、楓(かえで)と……」

「こんばんは~、健、高枝(たかえ) 奈(な)木(き)です!」

 と言ったのが奈木。小柄な女子。はきはきした可愛らしい声で、栗色のショートヘアで、オレンジの服を着て、短いスカート姿だった。

「はじめまして! 白野(しらの) 楓(かえで)です、よろしくお願いします」

 背の高い細身の女子。こちらは大人びた口調で、楓は髪が長く、薄―く緑がかっていた。こちらは緑のベスト姿で、黄色いリボンを腰に巻いてジーパンを穿いていた。

「おう! んで、こっちがおれっちの友達の、」

「おーす、おら、西(にし) 富士(ふじ)だあ、なまりは気にすんなよ?」

「私は新橋(しんばし) 陽一(よういち)と言います。特技は、歴史です」

 大柄な男子。ゆっくりしたしゃべり方で、微妙に訛っていた。富士は、黒髪は坊主に近く、ちょっと太っていた。シャツ一枚に短パンで、田舎者~という感じが滲み出ていた。手にはタオルを持って、シャツ一枚じゃ寒かったのか、首に巻いた。

 ……そんだけ太ってても寒いんだね。

 とは口には出さなかったが。

 一方陽一はというと、背の中くらいの男子。可愛げのある顔で、暗い茶色の長髪。シャープな体型は肉付きもよく、休みなのに制服姿だった。

 いや、健も例外ではないのだが。

「陽一は頭がキレるんだぞ!」

「真っ二つか~?」

 池垣に富士が突っ込む。

「違うわい! ああそれから、みんな呼び捨てでいいからな!」

 そう言われて、健には友達ができた。

 友達とは、些細な出来事で結ばれるものなのだ。

 真夜中なのに、みんな全く眠くなさそうだ。

「……それにしてもどうやって、そも、どうしてここに?」

 健が聞くと、硬質の体をしたロボットが、ゆっくりと近づいてきた。

「……ケンサン、スミマセン、ワタシガオヨビシテシマイマシタ、シンパイダッタモノデ……」

「ええーっ!」

 ――事の次第を聞くと、くわさん・ロボ三号機は、一旦は健を追いかけたものの、追いつけそうにないので、くわさんをたたき起こした。

『ゆきやま!? あそこは下手したら死んじゃうくわよ!?』

そしてとりあえず、自作の飛空艇で飛んで行ったが、突如の台風で流され、家鴨学園に墜落してしまったそうだ。それで、数名の生徒に目撃されてしまった。

『……あひる』

そこで池垣達六人が集まっていた。みんな口をぽかーんと開けて見ていた

……ダメ元で事の次第を話すと、皆、一緒に着いていくと言うのだ!

そこで生垣は、『同じ学校の生徒だし、困ってたら助けるのが当たり前だ』って……。世の大人の辞書にはもうそんなことは載っていないだろうなぁ。

それで、雪山に健も柊も大丈夫かと見に行くとき、近くに住むくわさんの友達、井田先生に会いに行った。だって、吹雪も強くなってきたし、まだ台風も収まったばっかりである。お医者さんはやっぱし必要だと思うからね。

くわさんは、さっきした説明とおんなじ説明をもう一回した。

『それは……私も行きましょう』

『くわっ、お医者さんがいてくれたら安心でくわっ』

『いえ、そうでなくて……』

『くわ?』

 なんと、井田先生が言うには、ここの頂上の城の主が危ない計画をしているのだそうだ! そして健達はそこに行ったのかもしれないというではないか!   

これを聞いて、一旦は引き返そうかとも考えたが、皆やはり健や柊が心配だというので、そのまま捜索することとなった。

『ふっ……』

『くわ?』

 なんだか今、井田先生が笑ったような気がする。

『いえ、なんでもありませんよ』

 といったものの、くわさんの目に映る井田先生は、いつもと少し違うような気がした。

到着したとき、健が城の中に入っていくのを見て、皆びっくりしたそうだ。

『あら? 井田先生は?』

『くわ?』

井田先生はここに着いたと同時に、気がついたら一人どこか居なくなってしまった。

『しょうがない、とにかく行ってみるくわっ』

そしてくわさん一行はこっそりと裏から侵入、中の見張りを叩きのめし、ロッカーに片づけて、見張りの服だけ頂戴したそうだ。

くわさんは、そこでロッカーの中を見られないように見張るため、不安たらたらでそこに残ったそうだ。

そして池垣らは健を発見し、今に至る。……ふー、長かった。

「……その井田先生って?」

「エエ、ヤマノオクニスム、オイシャサンデシテ……イイヒトダソウデスヨ。マダミツカッテイマセンガ……」

 そういえば池垣と美恵も、すっかり仲良くなっている。

 人間というのは不思議なものだ。仲が悪いと思っていたら――いや、この二人はもともとこうだったのかもしれない。

「イマ、トビラガアキマシタ」

「ああ、ありがとう! それより、大変なことに……」

「――さらわれたのー!?」

「おいおい、なんじゃそりゃ」

 奈木も池垣も目がまんまる。

「いや、さらわれたというか、捕まったというか……」

「とりあえず、手分けして探しましょ」

「よし、健、これを持って行け。たまたま持ってたんだ」

 と、陽一に渡されたのはたくさんの結晶。健は陽一の方に笑って応じた。

「ありがとう、陽一」

「怪我すんじゃないぞ」

「うう……、おら、寒いけどがんばるだ」

「ちゃんと着てこないからそうなるのよ、はい」

 池垣はへっへと笑った。寒がる富士に、楓がもう一枚タオルをかけた。

「おれのもやるよ」

 池垣もどこからか取り出したタオルをぱっと富士の頭にかけた。

「ありがとー」

 タオルを被ったまま答えた富士は……やっぱり訛っていた。

「――おい、誰だおまえら!」

 別の見張りが来た! その数……大勢。それを見た池垣は、健に叫んだ。

「やべっ、おい健、さっさとそいつんとこ行け!」

「えっ、でも」

 池垣は健の背中をポンと押した。また、困惑する健に奈木は笑いかけた。

「気にしないで、さっさと助けに行って来い!」

「わ、分かった」

 早口に語られた奈木の声を背に、健は足早に走り去った。

   8 願いと決断の非想曲

 ――髭面男は、拘束した柊から赤い玉を奪い取った。

「おお、これぞわしの探し求めていた……」

 まじまじと見つめられたそれは、不思議な輝きを放っていた。

そこに部下の一人が話しかけてきた。

「髭様!」

「なんだ? (なんじゃ、ひげさまって……)」

「この少女が、動かなくなってしまったんですが……」

「後にしろ、さっさと起動準備だ……」

 都会では、髭面男の演説がテレビで流れていた!

「私が発見したこの無限エネルギーで、さらなる発展を……」

「――視聴者も増えています!」

 髭面男はにやりと笑った。

「それはそうだ、なにしろ全局わしじゃからな、さて……」

 髭面男は柊をちらと見やった。

「こいつはまた、おもしろいな……」

――健は走り続けた。

廊下に出た。見張りは今頃牢獄で大騒ぎだろう。

 ……扉がある。

 中から機械の音と共に、人の声が聞こえてくる。

 少しだけ扉を開けて中を覗いてみた。

 中は、他の部屋とは違いかなり広く、灰色の壁に黒い機械が何台もあった。

 たくさんの部下たちがそれらを操作している。

「……から、あと少しだな……」

 あの髭面男だ。一人の部下と話をしている。

 天井には外の様子が映し出された大きなテレビが取り付けられている。一番奥には、窓のない吹き抜けがあり、いつの間にか夜が明けていた。

「まあいい、予定より早いが、とっとと始めよう」

 髭面男が掛け声と共に手を挙げた。

 ……よく見ると、奥に柊がいて、そこから外が窓越しに見えた。

「微風!」

 健が柊に呼びかけた途端、後ろからカチャリという音が。

「えぇっ?」

 叫んだ瞬間、後ろからドアのロック音が聞こえた。――刹那。

ぐらっと建物が上下左右に震動しながら大きく揺れた。

「わわわっ、なんだよ!」

 足もとが大きく揺れた。健はよろめきながらも何とかその体勢を保った。

 健は驚愕した。なぜなら、天井に取り付けられたテレビからは、少しずつ地面が離れていく様子が伺えた。

 下では切り離された城の一部分が崩れていくのが見える。

 白銀の世界に、真白に染まった体を一生懸命動かす家鴨や、何人かの高校生らがいた。

 その上を城の瓦礫が襲う!

「くわっ、火炎放射ーっ!」

 くわさんの攻撃に遭った瓦礫は、真っ赤になってドロドロと――

「うわぁ、溶けたよ……凄いな、くわさん」

「火力ふぉアップしたくわっ、ふちはもっとほぉげちゃうけど……あちあち」

 火力を増した結果、口がさらに焦げてしまうことを伝えたかったらしいが、ご丁寧に口の周りがススだらけである。何というか、昔の泥棒みたいである。

「すげぇや、くわさんはメカニックなんだな!」

ニッと笑って池垣が感心している間に、後ろから瓦礫が降り注いできた!

「危ない!」

 咄嗟に恵美が例の結晶を投げつけた。

 それは瓦礫にぶつかると同時に爆発した。火災を巻き起こしたそれである。

「さんきゅ、恵美」

 恵美はくすりと笑って応じた。池垣は後頭を恥ずかしそうに掻いた。

吹き飛んだ瓦礫の破片が富士の頭にコンコンぶつかった。

「いた、いた、痛」

「ああ、ごめん富士……」

 下で生垣が手を振る。もう豆粒サイズである。

「おーい、健! おれたちは先に避難するぞー!」

 こんなに遠いのに声はよく聞こえる。

 そのあと、たったかとどこかに走って行った。

――いざ、突入。

健はポケットから結晶を取り出し、髭面男に投げつけた!

「のわっ!」

 蜘蛛の糸が、男を絡め取る。

「なに、さっき取り上げたはず……だがもう遅い、あれはもはや人間ではなくて、兵器だ!」

「黙れ!」

 健が言い放つと、部下が健を取り囲んだ。

 男達が健を取り押さえようとしたが、軽々と交わす。

 端にあった黒いイスを投げつけ、部下たちを倒す。

 その間に、健は柊に駆け寄った。

 それが長い道のりのように感じられた。

 髭面男は嘲笑している。

 ……やっと柊のところに辿り着いたとき。

「微風!」

 頭上には大きな鉄の塊に、コードのようなものが沢山取り付けられていた。

「なんだ、これ……?」

 柊は外を見つめていた。

 ……赤い玉がない!

 髭面男は蜘蛛の糸をもろともせずに近づいてきた。

「そいつの首を絞めろ」

「何言ってんだ? ……おわっ!」

 刹那、健は柊に首を絞められた。

「なっ、なんで……?」

「催眠ガス一つでわしの言うことを聞くようになってなぁ、こいつの中身はいまや、もぬけの殻だ」

「うぐっ……」

 息ができない。

 髭面男は、根まで腐っていた。心臓に毛が生えたようだ。

「わっはっはっはっは……うおっ!?」

 倒れていた部下の一人が髭面男に突然掴みかかった!

「なんだ貴様は!」

「……顔も忘れたか、髭男」

「ん? おまえは……ええい、どけぃ!」

 掴みかかってきた男を振り払うと、髭面男は健から奪った結晶を投げつけた。

 蜘蛛の巣が広がり、謎の男を絡め取る。糸で絡まった男を見て、髭面男はため息をついた。

「またこれか、芸がないな……」

 髭面男が悪態をついている間に、健は手を振り払った。

 窓の外を見ると、都会あたり上空に来ていた。

「わしの本当の目的はな……」

 髭面男は健を睨んだ。

「森や山を破壊するついでに、主要軍事施設を破壊し、国民をわが政策に取り入れるため、力の驚異から救うのだ!」

「ぷはっ、すー、はー」

 やっと手を振りほどくと、健は深呼吸をした。

「そんな事をして、怪我人でも出たらどうするんだ!」

 健は、もう怪我人とかを見たくないし、怪我をさせたくもないのだ。

「……ああ、今まで何もしなかった国民には、少しぐらいの罰を与えても異論はあるまい……」

「なにぃ!」

 不敵な笑みを浮かべる髭面男に、健は葛藤した。

「ええい、撃てぃ! そこら一帯を吹き飛ばせぃ!」

「ええっ、しかし、それは何でもやりすぎでは……?」

 部下の一人が躊躇していると、髭面男はその部下をキッと睨みつけた。

「さっさとしろ!」

「は、はい!」

 髭面男の剣幕に押され、急ぎ足で部下はどこかへ行った。

 建物の下のほうから、モーター音と共に細い砲台のようなものがいくつも出てきた。

 しかし、また部下の一人がやってきた。

「あ、あの、大変申し上げにくいのですが……」

「なんだ?」

 髭面男は目を細めた。

「建物に経費を使いすぎて、発射する玉がありません!」

 これには髭面男も目を丸くした。そのあといきり立って憤慨した。

「何で用意しとかないんだ!」

「ひえぇ、すみませぇーん!」

「ええい、なんでもいいから撃て!」

「そ、そんな……」

 もはや逆ギレである。

 髭面男は焦る部下を蹴り飛ばし、一人どこかに逃げた。

「あっ、こら待て!」

「ええい、押さえておけ!」

 振り向きざまのその声と共に、また首を絞められ……かなり強い。

「ん~っ、な、なにか……えいっ!」

 健は何となくその辺のレバーを引いた。

 すると突如、突風に吹き飛ばされた。

「ぐわっ……」

 ……しばらくして、収まった。

「――な、なんだ? 何があった?」

 どこかに向かう途中であった髭面男は、あわてて壁に掴まっていた。

 たくさんの部下達も、ほとんど吹き飛ばされて動けなくなっていた。

「……。(な、なにが……起こったんだ?)」

後ろを振り向いてわかった。窓ガラスが両開きにオープンして、風圧で風が勢い良く吹き込んできたのである。

柊が手を離した!

「ぷはっ、ちょっと、強いって……すー、はー……」

 健は倒れそうになったが、深呼吸して持ち直した。

 それでも、なかなか肺に空気が入らない。

「微風、しっかり!」

 健は、柊の肩を揺らした。

 柊は、ゆっくりと口を開いた。

「……健?」

 柊はその場にへたり込んだ。

 ……上から音声が聞こえてきた。

「もう遅い! 発射準備は完了した」

「何!」

 地上二五〇メートル辺りを滑空している。

 ドカーン! と、外から、爆発音がした。

「わっ!」

 大量に爆発音が聞こえる。

 ……よく見たら花火である。

「記念祭典用の花火を奇しくも使うことになるとは……それ、四尺玉……ん?」

 太陽が陰り、あたりが暗くなった。

「今日は……皆既日食だ!」

 まさかこんな所で見ることになるとは。

打ち上がる花火は健と柊の目の前で大爆発を起こした。

……下から悲鳴が聞こえ、逃げ惑う人々もいる。

「……健?」

 気がついたら、柊が目を覚ました。

 隅にいた糸まみれでもがいていた男は、それをさっとかき分けて立ち上がり、こちらに近付いてきた。

「やあ、私は井田先生と言ってね……」

「えっ、井田先生?」

 黒づくめの部下は井田先生だったのか。

 井田先生は懐から銃を取り出し、その銃口を健たちに向けた!

「わわっ、井田先生、何を?」

「何をだって? 世界の秩序とどっちが大切だと思っているんだ?」

 井田先生は冷淡に言い放った。

「待ってください、井田先生! 何を言って……」

 井田は健を弾き飛ばした!

「ぐあっ!」

「これ以上罪のないものを傷つけるつもりはない……この世界の秩序を守る為だ、分かってくれ……あれ?」

 ――?

「赤い玉はどこいった? あれを探しに来たんだけど……」

「あなたは、誰ですか?」

 柊にそう言われた人は、一瞬たじろいだ。

「あーっ、早川先生!」

 後ろから声が聞こえてきた。

「――えっ? 誰だって???」

もう一人、白衣の男が走ってきた。

「ああ、柊、大丈夫? ……おお、君が健だね、久しぶり、僕が井田で、こっちが早川先生……って、どこいった?」

 気がついたら、早川先生はいなくなっていた。

「……えっ? 会ったことありましたっけ?」

「えっ???(あっ、副作用がのこってるぅ!)と、とにかく、この話は後回しにして、あのおっさんを止めないと……わっ!」

 後ろでまた大爆発が!

「あつ!」

 火の粉が飛んでくる。

「――わっはっは、吹き飛べぇー!」

 建物が崩れていく。子どもの泣き叫ぶ声も聞こえてくる。だんだん健は葛藤してきた。

「髭とか先生とか、一体どこに行ったんだ? ドアはロックされているはずなのに……」

「そうなの? 僕が入ってきたところは、開いたけど?」

「……え?」

 井田先生はドアを調べ始めた。この部屋はドアがロックされているはずなのに、髭面男はどうやってこの部屋を出たのだろうか?

「――おーい、ほら、ドア開くみたいだぞ!」

 井田先生が健たちに叫ぶ。こちらを向いて大きく手を振っている。

 ……扉がロックされてない?

 ――廊下に出て、もうひとつドアがあった。そこを勢いよく開けると……。

「わあっ!」

 高いところにでた。風が強い。

「なんだよこれ!」

 コンクリートで出来た、三人並んで歩けるほどの細長い橋は、下を鉄骨で支えている。左右に低めに手すりが付いている。橋のかなり下には、謎のコードが敷き詰められている。その下は、大きな円柱状のビルに小さな窓が付いている。空は未だに皆既日食が起こり、橋の先には、さらに大きなうねったビルが……。

「微風、大丈夫?」

「大丈夫、ちょっと頭がクラクラするだけだから……」

 ちょっとだけ微笑みかけられたような気がする。 

――さっきから催眠ガスのせいでか、ふらついている柊が、ちょっと心配になっちゃうよ。

「あのおっさんはこの中?」

 井田先生は後ろから爆発音が聞こえるたびに肩が震えていた。

 他に方法は……あっ、そうだ。

「先にあの玉さえ破壊しちゃえばいいんじゃないかな?」

「わわっ、そんなのダメだよ!」

 ……ええっ? なんで?

 慌てふためく井田先生。なぜだか、絶対だめだそうだ。

 後ろから甘い声が聞こえてきた。

「ねぇ、健……」

「なっ、なに?」

 柊から話しかけてくることなんてあんまりないから、どぎまぎしちゃうよ。

 柊は健の手を掬い上げ、両の手を合わせて、ぎゅっと健の手を握った。

 ――わわわ……なんだよう。

 それだけやると、柊はさっさと先に進んでしまった。

「……?」

 ――建物の中は、殺風景な、長い廊下が入り組んでいた。外で尚も花火の爆発で振動している。

 健たちは、片っぱしから回ってみた。

 ぽすっ。

「……ん?」

 目の前に、白い毛がこんもりしていた。

「くわさんでくわーっ! 健、柊さん、……おろ、井田先生???」

「くわさん!」

「よう、健」

 くわさんの後ろから、短髪の青年が飛び出した。

「ああ、池垣、どうやってここに?」

「どうやってもこうやっても、飛空艇で飛んできたんだよ」

 あっ、そうか。

「みんなは中で待ってるけど、みんな行きたいって……押しとどめとくのも時間の問題だから、早くしてくれよ? みんな心配してたぞ。終わったら迎えに行くからな。……そのお医者さんは?」

 そこで井田先生が前に飛び出してきて、喋り出した。

「ああ、僕がほんとの井田だよ。気になって後ろから追っかけてったんだけど、君たちといたのは、早川先生。その先生、僕の上司なんだけど、赤い玉が危険だと言って、ここに僕の振りしてきたみたいなんだけど……」

 そこで、くわさんが首を傾げた。

「くわ? 井田先生にしか見えなかったでくわよ?」

「ああ、井田先生は僕にそっくりな顔で、声も似ているから、間違えるのも無理はないよ。それより、早川先生は、あの玉を壊そうとしているんだ、早く止めないと……!」

 井田先生は、非常にあわてた様子でそう答えた。

「なんだ? それ?」

 池垣はさっぱりわからない様子。ああ、そこは話してなかったっけか?

 しかしここで疑問が残る。

「おう、じゃあ俺はもう行くぞ」

「あっ、ああ」

「気をつけるでくわっ」

 池垣は廊下を、たったかと走って後にした。

「――でも、なんで壊しちゃダメなんですか?」

「それは……その……」

 突然、口ごもってしまった井田先生。くわさんは、またまた首を傾げた。

「……なんでですか?」

 健がもう一度ゆっくり目に聞くと、井田先生はちらと柊を見やって、柊が小さくうなずくと、やっと重い口を開けた。

「実を言うと……それは、柊の体力的・精神的な力をそのまま引き出して、エネルギーに変えることができる。また、それ自体が柊と繋がってて、壊したりなんかしたら、大変なことに……!」

 ええ、一瞬絶句でしたとも。

柊は今、この城を動かすのに体力を削られている。ってこと。

ふっと柊は壁にもたれかかった。

「わわっ、微風、大丈夫?」

「まだ平気だから……」

 と言って、さっと立ち上がり、ひとつだけ頷いた。

「なんでそーゆーことをもちっと早く言わないでくわか!」

「だって、だってさ……」

 そして、さらに声のトーンを低くした。

「だって、それを……」

……それを壊さないと……。

「それじゃあ、一刻も早く赤い玉を探さないと!」

「えっ?」

 健がさっとその場を取り繕った。健は井田先生の方を見て、ニッと笑った。

「理由は何であれ、今は何とかしないと!」

「健、でも……」

「でもはいいから、赤い玉の部屋――」

「くわ……さっきその赤い玉のある部屋見たくわ……」

 でたー! くわさんの爆弾発言!

「ええーっ! どこ!」

 皆して詰め寄られたくわさんは、後ろに反りかえって、ちょっとたじろいだ。

「こ、こっちだったはずでくわ……たぶん」

「とにかく、いってみるっきゃない!」

 ……でもおかしいなぁ、なんでドアが全部ロックされてないんだ?

「――ここか!」

 バンと開いたドアの先には、あの髭面男が!

「うおっ、もうこんなところに……」

「赤い玉はここじゃないくわよ……間違えたくわ」

 もう一発花火を打ちそうなところを、みんなで取り押さえた。しかし、くわさんはぼーっとしている。

「なにしてるくわっ? 押しくらまんじゅう?」

「くわさん、こいつ悪者!」

「ああ、そーなの?」

 それを聞くと、くわさんは突進してきた!

「くわさんがぶっ!」

「いでっ!」

 くわさんが髭面男に噛みついた! 髭面男はもがいたが、くわさんは噛みついて離れない。

「あーんど、ファイヤー!」

「あっちゃちゃちゃちゃちゃ!」

 髭面男の頭から、ぷすぷすと煙が出ている。

「くわっ、改良したから、くわさん、あつくないくわっ♪」

 ――さっと井田先生の包帯でぐるぐる巻きにし、見事髭面男をとっちめた!

 ……見事にあっけない勝利。健は少々疑問の思いながら髭面男を睨みつけた。

「お前のことは後回しだ! ああ、後、これ返してもらうからな!」

 健は、髭面男のポケットから、結晶と緑の宝玉をさっと抜き取った。

――これで外も安心だろう。髭面男の行いは許されない。

「くわ、確かここじゃなきゃ、こっち!」

「よし、急ごう……微風、大丈夫?」

 なんだかさっきからふらふらしているけれど、ちゃんと大丈夫だと頷く。

「うん、大丈夫……」

……ほんとに大丈夫なのかな……? ……うん、柊が言うんだから大丈夫なんだろう。

 ――しかし、いつまでたっても玉が見つからない。

「どこなの? くわさん……」

「たぶん、ここ……」

 ドアをゆっくり開けると……。

「……あぁっ!」

 そこには広めの部屋が広がり、壁には白い柱、透明なガラス張りの吹き抜け階段、観葉植物、大きな窓……そして、茶色い床に金の模様が施された洋風な感じの部屋であった。そして、中央にはコードが繋がれた鉄の台座があり、その上には赤い玉が乗せられており、そのすぐ傍らに……早川先生がいた!

「遅かったな、この力の根源は秩序のために破壊しなければならない」

 そう言って、赤い玉に銃口を突き付けた!

「やめろ!」

「待て」

どこからか、さっき縛ったはずの髭面男の厳かな声が聞こえてきた。

「なっ、何で? 何でおまえがここに……!」

二階からゆっくりと降りて来たのは、紛れもなくあの髭面男であった。

「見事に集まって来たようだな……その玉は偽物だ、本物はこっちだ」

 早川先生は、手で殴ってみたら、いとも簡単に割れた。その後、ちょっと舌打ちが聞こえてきた……。

 髭面男はなにやら壁のボタンを押した。すると、ガラス張りの階段は崩れ落ち、四方に飛び散った。

「もう少し影武者が約に立つと思ったのだが、まさかこんなに早くとは……」

「影武者だって!?」

 どこから影武者だったんだ? 全く気付かなかった……。

「待て、玉を渡せ」

 早川先生が髭面男に銃を向ける。

「邪魔ものには帰ってもらおうか?」

 髭面男が手を翳すと、健の目の前を、一瞬で電気が流れた。

「くわぁっ、しびしび……」

「うぎゃあ!」

「しまっ……」

くわさんと井田先生、そして早川先生が突如感電し、と、同時に、早川の手から銃が弾き飛んでいた。

「くわさん! 井田先生!」

 二人がくず折れていった。

 柊は、突如咳きこんだ。今の分、負荷が生じたのだろう。

「健、気にしなくて大丈夫だから……」

 なんだか尋常でなく苦しそうなのが、伝わって来た。顔や言葉は騙せても、やっぱり苦しそうだよ。

「微風……おい、早くその玉を返せ!」

その直後、窓ガラスを突き破って飛空艇が飛んできた!

「わあっ!」

 健が叫んだと同時に窓ガラスの悲鳴が上がり、風が勢いよく吹き込んできた。

「早く帰ってこーい!」

 奈木が飛空艇に開いたとても大きな窓から身を乗り出して叫んだ。

「あっ、くわさんがたおれてるどー! 怪我人は運ぶどー!」

 と富士が言った途端、ぱっと走ってくわさんと井田先生を抱えて、飛空艇に乗せた。その速いこと速いこと。そして、早川先生の顔を見て、一言。

「ほんとーにーそっくりだんぁー……おら、たまげただーよ」

 相変わらず訛っている口調で喋った。美恵と陽一も窓から身を乗り出した。

「邪魔だ、さっさと消え失せろ!」

 髭面男は二階のテーブルに座り、何か操作した。すると、変な赤い鉄のアームが窓の外から出てきて、飛空艇を掴んで、なんとほっぽり投げた!

「わぁぁぁぁ、健、後でなー!」

 ものすごい風圧と共に、反対側の窓に見える池垣の声が遠くなって行く。

「ふっ、馬鹿め……」

 髭面男はレバーを引いた。すると、外から爆発音がした!

 外を見ると、都会や森が粉砕されていた。人は、避難したようで、どこにも見当たらないが、まだ残っているかもしれない。それに、飛空艇が見当たらない。まさか……。

「何をしたんだ!」

 外の景色は、皆既日食が終わりかけていた。そして、大量の雨が降り出した。

「放射能レーザーと、小型水素爆弾の試作品だ、罰にはちょうど良い……そうは思わんかね?」

「何だと……ぉぉぉ?」

 髭面男は嘲笑していた。無機質な目は、まるで死んだ魚の目のように何も映さない……不死穴であった。……健は、どこからともなく、抑えきれない感情によって、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

「健、きっとみんな助かるから……」

「う、うん……」

 微風には、もうこれ以上は負担をかけられない。

「……よし、ていっ!」

 健はアームの一つに飛びついた!

「そんな、健、危ない!」

 柊がそう言った瞬間、アームがうねるように上下左右に動いた。

「ええい、そのまま振り落としてやる」

 上に弾んだ拍子に、健は手を離し、二階の床に手を掛けた!

「このっ!」

 一気に上まで上がり、結晶を投げつけた!

 ゴオオオオオ……と、炎が燃え盛った。

「貴様ぁぁぁ……くそ!」

 健は、髭面男が慌てている隙に、赤い玉を持ち出した!

「待て!……うぐっ」

 髭面男は、突如倒れた柱に押しつぶされてしまった。

「ああ、健、それを私によこせ!」

「やだね!」

 エネルギー源を失ったこの要塞は、間もなく下に墜落していった。

 突如、ガクンと揺れる。

「おっと!」

 健は傾いた衝撃で、一階に飛び降りた。しかし、柊が早川先生に銃を突き付けられているではないか!

「……すまないな、健。このままでは、反動で世界中から命を吸い取ってしまうのだ」

「なんだって!?」

 おいおい、どういうことだよ、ここにきて、命の選択を迫られることとなってしまったのだ……! いや、でも、俺は……。

「健、それを割って!」

「でもっ! なんでそんな奴の言うことなんか……」

 よく見たら柊は、半分涙ぐんで、こちらに微笑みを浮かべていた。

 しかし。しかしだよ。その微笑みは――。

「それは……私の父親だから……」

「……な! ……嘘だ……そんなの……父親ならなんで!」

「実の親は私だ、だがな、……は失敗し、捨て」

「それ以上言うな!」

 これが井田先生が最後に言えなかったことなのだ……!

「それでも私の父親だから――」

「それでも!」

 柊は、ふっと眼を眇めた後、精一杯の笑顔を見せた。

「健、お願い、私、健と会えて幸せだったから……!」

 玉が……早くしないと……ぁぁああああああ!

 パンッ

「……っ!」

 ――銃声とともに、赤い玉は砕けてしまった。柊は、何かを伝えるように呟いて、声にならないまま気を失った。

「私が……責任を取らねばならない……」

「な、……早川ぁぁぁぁぁ!」

 そのまま、早川先生は、自分の米神に銃口を突き付けた。

「これで文句はあるまい……」

 しかしその前に、大きな衝撃とともに、三人は窓の外に落ちた!

「微風っ!」

 健は柊の手をさっと取り、そのまま抱きしめて――

 ――ここは……天国? はたまた、地獄に来てしまったのか? ……だったら、ここでずっと一人嘆いていても、誰も助けないし、それに……足を打ったみたいで、足が動かない。ああ、このまま――

「……ん?」

 ――木の上? ……ああ、助かったのか……、早川先生も、気絶して隣の木に引っ掛かってるよ……。

「……微風……」

 反応がない。雨が降り続き、体を冷やす。

 ――そうだよ、先生は何人もの命を救うため、ここまで来たんだ。そして、見事成功したんだ……。

 手を握る……体がとても冷たい。

 ――でもさ。せめてさ……。

 震える手で、ポケットから取り出した緑の宝玉を掛けた。

 柊の眼はどこまでも澄んでいて……そして……。

健は、柊を木の枝に立てかけ、再び現れたばかりの太陽に照らされた中、光り輝く首飾りを掛けた。

 なんだか、一段と優美に見える。

 蒼白な顔は、とても優美であったのだ。しかし……。

 その身体はぴくりとも動かない。

 ――もう一度くらい、微笑んでも……いいじゃないか……。

 健は涙を必死にこらえた。……だが、この雨の中ではもう、その必要もなくなった……。

 ――宿命に縛られないで……それで……ぅぅぅ

「うわぁぁぁぁぁぁ……」

 ――首飾りが光る。

「……健……?」

「微風……!」

 柊は、力なく目を覚ました。

 柊は、自分に掛けられた首飾りをゆっくりと手で触れた。

「……ありがとう、健」

 柊は、ゆったりと健に微笑んだ。

「微風……さん?」

 今更ながら、さんづけになってしまう。さっきまで普通に呼べてたのに……そしたら。

「微風でいいよ」

「えっ? あ、微風……」

「何、健」

 さらりと言う柊。優美な額は、終始微笑んでいた。

 本当は、名前で呼びたかったけど――

 それでもなんだか嬉しかった。改めて、なんだか……ね。

 雨も上がり、暗かった皆既日食も終わった。木漏れ日の見える温かい日差しがまた、空に顔を出した。

 ――しばらくして。

「――あっ、健! ……と、そこのねーちゃん、皆無事だぞ、そっちは、大丈夫……じゃなさそうだな……まあいいや。とにかく、そのそっくりさん連れて早く帰ろうぜ?」

池垣が迎えに来てくれたのだ!

「池垣! よかった!」

……そっくりさん先生はもとい、皆無事だと聞いて安心した。

「こっちは準備OKだぞ、早く飛空艇で脱出するぞ!」

   9 朝の合奏曲

 太陽が頂上辺りまで昇って来た。

 気がついたらくわさんの城の中だった。

朝日が木々に反射して、城の中が薄緑色に包まれている。

身体の疲れが、いつの間にかとれていた。

 崖下の海も、よく見える。

 今は穏やかに、水色に光り輝いていた。

 ――午前6時。

 ……朝だ。

 気がついたらベッドの中にいた。

 電気も切ってあるし……。

 ぽかぽかと陽気な暖かい日だ。

 平和だな……。

 ……はっ。

 柊は?

 ばっと辺りを見回す。

 窓の外に見える海以外には何もない。

 ……まさか、帰っちゃったとか!?

 廊下に出てみると……。

「あっ」

健は、思わず声を上げてしまっていた。

「……柊!」

 ぱっと口を衝いて出たのは名前の方だった。

「……わわっ、ごめん……!」

 柊はちょっと顔を赤らめた。

 それはもうかわいらしかった。

 ――健の部屋の、ドアを開けてすぐの廊下に、一人の少女が立っていた。

「おはよう、健」

 柊の怪我もほとんど治っていた。

 胸元には、首飾りが反射して光り輝いている。

「おはよう」

 柊は微笑みを見せた。太陽の光が反射して眩しい限りだ。

 ええ、そりゃあもうかわいいのなんのって……。

 ……じゃなくって。あの後、みんなどうなったんだ?

「あのさ、柊……」

 柊は名前で呼ばれて、またちょっと照れたようにしながら、首を傾げる。

話を聞くと、早川先生は健より先に目覚めて、役目は終わったとだけ告げた。それで、自殺はしないようにとくわさんにとこっぴどく言われ、事を収めたそうだ。

そして健と柊が途中、疲れて寝てしまった後、先に柊が目を覚まして、くわさんと一緒に健をベッドに運んで、くわさんは柊に部屋を用意してくれるらしかった。

 しかし、柊はなかなか起きない健が心配だと言って、廊下で寝ようとしたそうだ。

 けれども、くわさんはそうはいかないと、個室を勧めたそうだ。

それで、他の池垣や美恵達も毎日見舞いに着て、後から柊と同じく廊下にいるつもりで来たが、柊に構わないって言われちゃって、くわさんに案内されて今は部屋にいるそうだ。

くわさんは最後まで、

『あー……、くわのベッド使う?』

 とか言っていたけれども、結局廊下で寝たそうだ。

 くわさんは寝冷えを心配して、どこかの押し入れから、使えそうな布団や毛布を持って来て、柊はそれにくるまった。

 そして、まるまる二日も経っていたそうだ。

 ……ってことは?

 ……なんか、俺だけ何もできてないみたいじゃないかい?

 柊が一人でいる廊下を想像してみる。

 廊下は、室内とはいえ結構冷え込む。昨日廊下を通った時にそれが判断できた。また、昨日の夜は風が強く、雷も鳴っていたそうだ。

 そんなところに、毛布などを被っていたとはいえ、たった一人で寒さや孤独に応えていたと考えると……。健はすぐ感傷的になる。

「ごめん、柊、俺がしっかりしてなかったから……」

 風邪なんか引いたらどうするんだよ……。

 ……と、健はなんというか、罪悪感にさいなまれ、表情が曇るのを抑えた。

 健は誰かが困っていると、こういう状態に陥ることがある。

 昔、放っとくと鬱になりそうなくらい落ち込むことだってあった。

 まあそれも、健の優しさなのだろう。

 すると柊は、健ににこやかに手を振って応えた。

「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだから。それより、……ペンダントありがとう、健」

 さらっと言ってのける柊。ああ、やっぱり寝不足……。

朝の柊の眼には悲しみや悲愴といったものは感じられず、かわいらしい少女がそこにいた。

――耳に赤い玉があった。

「その赤い玉は?」

 砕け散ってしまったはずの赤い玉がなぜここに?

「ああ、これは、楓にもらったの」

 代わりにつけてほしいと言われて、もらったそうだ。

「かわいいよ、柊」

 ……あ。

とうとうこんなことまで言ってしまった。

 柊、微笑みながらまたちょっと頬を赤らめちゃうし、またそれで頭の中真っ白……。

「何ラブラブいちゃついてんだー? 健!」

 ほげっ、池垣!

 池垣は制服姿になっていた。

「まっ、まさか……聞こえてた!?」

「んー? 何か聞こえたらまずいことでも言ったのか~?」

 墓穴を掘るとはまさにこのことだ。

「あっ、思い出したー!」

「やっぱり、聞こえてたのかーっ!?」

「確か、さっき大きな声で、か――ってな、お前も隅に置けないやつだなー! こーんなかわいい娘狙うなんて、ずるいぜ!」

「そっ、そんなんじゃないって!」

 必死で否定する健。

 と、言いながらも口がにやけそうになるぅ~。(はい、あほです)

「じゃあ、ちょっと柊連れてっても文句ないな!」

「ええっ、えーっ!」

 と、池垣は柊の腕を引いて、走って連れて行ってしまった!

「そ、そんなぁ!」

 柊が走り際、立ち止まって微笑掛けてくれたことがせめてもの救い。

 ええ、かわいかったですとも。でもなんとなくショック……。

――健はちょっと気がかりになって、こっそりと着いていった。

「――柊、学校に来たらいいんじゃない? とっても楽しいから!」

 と、美恵。

「ええ、素晴らしいですよ、知識の宝庫というべきか……」

 陽一はにこやかにしている。

「んー、おらいなかもんだかんなぁ……なに言ったらいいか……」

 富士は汗かきまくり。今度は楓に拭いてもらってる。

「あっ、柊、赤い宝玉、ガラスでごめんなさいね。私が一寸前に見つけた物なの……」

 楓はちょっとすまなそうな顔をした。柊は頭を振る。

「いいよ、ありがとう、楓」

「えー……そうとわかれば(?)行きましょう!」

 奈木は、何も決めていないのだがその気になっていた。柊はにっこりして答えた。

「……私は、健と一緒が良いな……」

 ドアの向こうで、健が変な音を立てた

「なんだ、また健かよー!わかったよ、先行ってるから連れて来いよ、これ地図だから。」

 柊は地図を受け取ると、ふっと笑って、ドアを開けたら……健がいた!

「わっ、柊!」

「聞いてたの? 健……」

柊は、健を目前にしたまま顔を赤らめた。

 さっきから中の様子をずっと伺っていた健は、目前にさらっとした髪が触れてまた心臓が跳ね上がった。

「それじゃ、健、先行ってるからなー!」

 池垣がにやにやして、健の横を通り過ぎて言った。それに続いて、みんな去っていく。

 また二人きりになった。そう考えると……なんかどうしよう!

「どうしたの? 健」

 にっこりしながら聞かれると、健にはもうどうしようもない。

「わわっ、なんでもないっ!」

 健は赤面した。

 そこに、後ろからにゅうっと、井田先生。

「ぎゃーっ!」

「そ、そんなに驚かなくても! ああ、じゃあ僕は早川先生を慰めに帰るよ。」

 じゃーねーと、手を振っていった。いい先生だ。

――柊は、突然、ふと何かに思い当ったような顔をした。

「学校を観に行ったら、帰らないと……」

 ――健は、高揚した自分を取り戻すのに時間がかかった。

「……えっ? もう帰っちゃうの?」

 柊は、なんだかどことなく寂しそうな眼をしていた。

 それでも表情は笑っていた。

 でも、それってなんだか二度と会えなくなるような感じがして、頭の中真っ暗……というのは、大げさかな?

「柊?」

 柊は、軽く俯いたまま目を眇めてしまった。

 柊は俯いたままこちらにちらと視線を向け、ちょっと赤くなってすぐさま背ける。

 ……?

 そこで柊は、照れたようにそっと呟いた。

「……健とずっとここにいられたらいいな……」

 ……どきっとする言葉は、こんなかわいらしい少女から発せられたものであって……。

「いいかな?」

 柊は健の方を向いて答えた。その時には、柊は顔を赤らめながらにっこりと笑顔をこちらに向けていた。それがまた――

 ――ああ、もう死んでもいいや……。(ええ、あほですとも)

「ワカリマシタ。クワサンニオツタエシテオキマス」

「おわっ!」

 くわさん・ロボ三号機が真後ろにいた。

「ほ、ほんとに!?」

 柊はにっこりとうなずいた。

「連絡の必要はないでくわっ!」

 くわさんも、廊下の奥からやってきた。

「アア、クワサン、メヲオサマシニナラレテイタノデスネ……」

「こっ、言葉が、か、かたくるしゅうございまするぅねえ! ……まあこれはこれでいいでくわ。……あ、せっかくだから柊さんと一緒に、健の通っているくわの学校でも見てくるといいくわっ!」

 おいおい、あんたのじゃないぞ?!

「柊さんも、くわの学校見たいでしょ?……あふわあぁぁぁぁぁ……」

くわさんは、大きなあくびをひとつ、かました。

「もとからそのつもりだよ、くわさん」

「ナラ、モリノナカハ、ワタクシガアンナイシマス」

 目がピカピカ光る。

「いいですよ、私地図持ってますし、後で他のみんなとも合流しますから」

 と、柊が地図を見せた。すると、くわさんは突然にやっとして柊を見た。

「よし、じゃあ、これにここで着替えて……」

「――柊さん、もーいいでくわか?」

「ええ、でも……は、恥ずかしい……」

 個室から出てきた柊は、学校の制服姿になっていた。夏だから、真っ白な半そでポロシャツに線入りのスカートね。

「似合ってるよ、柊」

 そう言われた柊は、ゆったりと健に微笑みかけた。

「――ああっ! しまった、まだ朝早いから学校開いてないのでは?」

 忘れていた。早朝は校門が開いていないのだ。池垣達も、忘れているのかも。

「ダイジョーッブ! そんなこと最初から知ってるくわっ!」

 突然くわさんが宣言する。胸もポンポン叩いて笑う。

「鍵なら持ってるくわっ、はいこれ」

 鍵をパスしてきて、健が危ない手つきで受け取る。……えっ? なぜここに?

 考えた顔が変だったのか、くわさんは吹き出した。

「ぷっ、なんでくわか、そのビミョーな顔は? くわさんが何も頂かない訳、ないでくわっ!」

 ……ああ、あのときにくわさん、校長室にいたような……。

 それで健に見えないように勝手に鍵を持ち出して……それって……。

「ドッ、ドロボー!!」

 さぞかし学校では困っていただろう。

 くわさんは、からからと笑っていた。

「くわさん、キッチン使ってもいいでしょうか?」

 柊は、突拍子もなく、くわさんにそんなことを聞いた。柊の手料理ってどんな料理なんだろう……? 和食? それとも洋食?

 ……といったことを考えると、腹が減る。

「くわ? ご飯作るの? あ……いま冷蔵庫が空っぽでして……」

 あー……そういえばお腹減ったなぁ……。いつもならそんなに減らないんだけど……。

 ……って、そういえば、ここに来てからから何も食べていない!

 どうりで腹も減る訳だよ……。

「スッカラカーンでくわ……」

それにしても冷蔵庫が空っぽって、そんなこと考えてたら余計に腹が減る!

「……くわさん、買い物しないの?」

「いつもは、出前取ってるくわ」

 なーんか情けなさっそうに答えるくわさん。

 くわさんって結構お金持ちなんだね……。(勝手な想像です)

 冷蔵庫がカラと聞いて、余計に腹が減った健は、その場にくず折れた。

 柊が微笑みながら見ている。柊だってお腹空いてるはずだし……。

 外の景色は緑に包まれている。

「……くわさん、体に悪いよ? ちゃんと買い物しようよ……」

「クワ……調味料ならあるでくわよ?」

 スルーかい!

「くわさんが作る手料理はおいしいでくわよ?」

「いいよ、手料理なんか」

「そう? なら柊さんが作ったのもいらないでくわね」

「えっ、そうじゃなくて!」

 柊は横で聞きながら微笑んでいた。そっと呟く。

「……今度作ってみようかな……?」

 にっこり笑ってそう言われた。

 柊が作ってくれると聞いて、なんだか健はうれしくなった。

「まあ、そのへんは、くわがなんとかしとくから、先に学校に――」

柊はそれを聞いて、にっこり微笑み、健の腕を引いて外へ駆け出した。

「わわっ!」

 ――くわさんは、話の途中で口を切る破目になった。

「クワ……なんとかしとくって言っちゃったけど、どうしようかな……はぁ」

 ためいきひとつ。

 

――柊に連れられて、あっという間に外に到着。空は澄み渡り、青空が広がっている。崖際で海が見え、夜は分からなかったけれども、海には地平線が見える。そこで健はあれを……言いたくなった。

「海のバカヤローッ!」

「……健?」

……はっ。

柊が健の手を掴んだままはてなマークを浮かべている。

 気がつくと、ぼーっとして柊がいたことに気づかなかった。

「わわっ、何でもないよ……」

 恥ずかしいったらありゃしない!

「大丈夫、健はいつだって優しいことはみんなが知っているから……」

 柊がこちらに笑みを向ける。その顔がまたちょっと赤くなってて、かわいいのなんの……何回見てもこっちまで赤くなっちゃう……。

 ――この前まで、柊から健に話しかけてくることはほとんどなかった。

 ……なんか、最近健との接し方が変わったような気がする。

 さあ行くぞ! と言わんばかりに、柊に半ば引きずられるように森の中へ連れて行かれた。

 ――んで。

柊が持っていた地図を頼りに、森の中を進んでいく。

森の中は、小鳥の鳴き声が一杯であった。まるで夜とは違う光景である。

 ひたすら歩き続ける。

 なんか、ずっと歩いていると、腹の横が突然痛くなることがよくある。

「健」

「はい?」

 柊はずっと地図を見ながら歩いている。

「学校って、どんな場所?」

 ちらとこちらを見やる柊。深く青い眼差しがこちらを見つめてくる。

「学校? いろんな先生がいるよ。ダイル博士や、校長先生や、それから……」

「……楽しい?」

「うん、楽しいよ!」

柊の問いに、微笑んで答えた。緑の宝玉が、太陽の光を反射して輝いている。

「健、これからもよろしくね!」

(了)